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JAPAN☆ALL STARS 認定者リスト

2008.10 過去の放送はこちら:
10/31 :: 福永 守 出前で世界の大富豪たちをうならせた男
創作寿司の世界で、評判なのが大分の「寿司源」福永守氏。イカとウニ、イクラを使い、「錦鯉」を寿司で表現したり、その繊細な創作寿司はまさに芸術品。
その技は、日本が誇る技術として経済産業省からJAPANブランド育成支援事業」に認定されたほど。
また福永氏は、生モノの寿司を保存する技術を約一年間かけて研究。3日間72時間、鮮度を保ち、味を落とさない保存を可能とした。
この技術を使い、海外へもすしを出前できると、アジア各地を視察。昨年12月には、アラブ首長国連邦のドバイで在ドバイ日本総領事館が開いたパーティーにも招待された。
日本からネタとシャリを持ち込み、現地の王族や富豪らの前で振舞ったすしは大好評だった。
10/31 :: サキタハヂメ バイブレーションテクニックで 世界を癒す音楽家
日本のノコギリ演奏の第一人者。1997年と2004年の アメリカ・サンタクルズ開催のミュージカルソウ・フェスティバル(のこぎり音楽世界大会)で2度優勝。チェコ共和国、韓国など海外でも活動をしている。
演奏用ののこぎりは「ミュージカル・ソウ」と呼ばれる立派な楽器。長さ約1mの西洋のこぎりで、取手部分をひざではさみ、刃のない部分をバイオリンの弓などでこすったり、バチでたたいて音を出す。
その独特の音色は、ヒーリングミュージックとしても評判を呼び、資生堂、オートバックス、マクドナルドのTVCMにも起用され、映画音楽やTVのテーマ音楽をなども担当している。
今年公開の映画「パコと魔法の絵本」では、“ノコギリ弾き”の役で自ら出演も果たした。
そして今年の11月からは、フランス、イタリアへのツアー予定している。
10/31 :: 遠山 正瑛(1906- 2004) 砂漠緑化に命をささげた男
中国の砂漠緑化に生涯取り組んだ元鳥取大学名誉教授。
当初、鳥取大学農学部で鳥取砂丘の農地利用の研究をしていた。
鳥取砂丘に作物を植える計画など実現不可能と、初めは変人扱いをされていたが、長芋やかぼちゃなどの栽培を成功させる。その後、農業技術の指導のため中国へ渡るが、日中戦争が勃発。志半ばで帰国をする。
半世紀近くがすぎ、日中国交回復後、再び遠山は中国へ渡り、中国の砂漠緑化に生涯をかける決意をする。しかし、反日感情が強く、地元中国人からは協力が得られない。そんな中でも日本からのボランティアの協力などを経て、300万本のポプラ植林に成功。
かつて砂漠だった場所は、見事緑地化に成功。その功績から遠山の銅像が中国に建てられるが、生前に銅像が建てられたのは、毛沢東と遠山正瑛のふたりだけだという。
10/24 :: 石井 裕 世界一の大学が惚れた摩訶不思議未来ワールドをつくるサムライ教授!
70人以上のノーベル賞受賞者を輩出する米国マサチューセッツ工科大(MIT)、その中でもひときわ名を轟かせる世界最高峰の研究拠点「メディアラボ」で副所長を務める。“パソコンの父”と呼ばれる計算機科学の偉人 アラン・ケイ氏から熱烈な誘いを受け、39歳にして単身米国へ渡り世紀を超える研究に挑戦してきた。
これまでのマウスやキーボードを用いた操作方法ではなく、現実にある身近なモノを触ることで、簡単にコンピューターを操作する<タンジブル・ビット>を開発。
既存のデジタル技術にはない人間的なぬくもりや感動を与える、斬新なアイデアやコンセプトを打ち出している。
2001年には、MITでも滅多に獲得できないという テニュア<永久在職権>を取得。2006年にはコンピューター界の『CHIアカデミー賞』も受賞している。
10/24 :: 卜部俊郎 針一本で魚の常識を覆し、魚の流通を変えた革命児!
日米で特許取得した<快眠活魚>という流通システムを開発。<快眠活魚>とは〔活きた魚のある部分に針を刺すことによって、泳がなくさせる技術〕。
テレビで見た中国の針麻酔手術をヒントに、試行錯誤を繰り返して10年前に考案した。サバやタイで研究成果を残しながら、昨年には初めてマグロでの実験も見事に成功!
泳ぎ続けないと死んでしまうマグロのツボに、即座に針を刺して、生きているのに動かない睡眠状態のまま運ぶことを可能にした。
新鮮でおいしい魚を日本全国に届けること。日本人に魚のおいしさを再発見してもらい、漁獲量制限が広まり、魚が品不足となる昨今、高品質を実現し、飛躍的な流通革命を促す技術として注目されている。
10/24 :: 松江豊寿(1872- 1956)捕虜収容所に、はじめて響いた「第九」“歓喜の歌”
年末になると演奏されるベートーベン作曲の「第九」が日本で最初に演奏されたのは、戦火も烈しい第1次世界大戦末期、降伏したドイツ兵・約1000人が収容された鳴門の「坂東俘虜収容所」の中だった・・・
当時、陸軍大佐として収容所の所長を務めていた松江豊寿は、“ドイツ人は犯罪者ではなく、祖国のために戦った愛国者なのだから、帰国するまで人道的に守らねばならぬ”という信念を貫き、軍上層部の厳しい反感を買いながらも、常に捕虜たちへの礼節と敬愛を忘れなかった。
そのため所内では、捕虜たちがスポーツをしたり、新聞を作ったり、商店街を運営する事も許され、地元の人たちとの文化交流が花開いた。
そして、1918年6月1日、松江所長への感謝の意も込め 捕虜たちの中にあった軍楽隊のメンバーが、日本ではじめての「第九」を演奏する事となった・・・
10/17 :: 倉本裕基 ヨン様も神と呼ぶティーンのアイドル 
「韓国で知らぬ者のない」超有名ピアニスト。毎年行われている韓国公演は常に満席となり、“韓国のアカデミー賞”大鐘賞(テジョンサン)映画祭では、ピアノ奏者としてのゲスト出演やプレゼンターを担当。
さらに、ノムヒョン大統領の入場曲に使われたことも。
また、彼の代表曲は、『冬のソナタ』を始めとする、ペ・ヨンジュン主演ドラマやイ・ビョンホン主演映画などで使用されている。さらにチェ・ジウは、涙を流すシーンの撮影前に倉本の曲を聴いて気持ちを高めるという。
10/17 :: 辻谷政久 世界がひれ伏す10個目の金メダルを狙う75歳 
世界屈指の砲丸職人。「世界で唯一完全に真ん中に重心がある砲丸」と言われ、96年のアトランタから始まり、シドニー、アテネオリンピックと、金・銀・銅を三大会連続して独占。
辻谷の名は一躍世界に知られることとなる。
砲丸の素材は鋳物のため普通に球状にしただけでは重心が球の中心に来ない。
というのも混合物である鋳物は加工する際、重力によって上半分が軽く、下半分が重く仕上がってしまう。
つまり、最初から重心がズレてしまうためだ。削る音や、光の当たり具合、そして「砲丸との対話」が機械を超えた世界一の砲丸づくりを可能にした。
10/17 :: 山田寅次郎(1866-1957) 日本とトルコの友好親善の礎を築いた人物。
日本とトルコの友好親善の礎を築いた人物。明治23年、訪日から帰国途上のオスマン帝国軍艦エルトゥールル号の遭難事件が日本中に大きな衝撃を呼ぶと、山田は犠牲者の遺族のために寄付を集めた。
そして海を渡り寄付金を送り届けた彼は、熱烈な歓迎を受け、皇帝アブデュルハミト2世に拝謁する機会に恵まれた。山田は皇帝から士官学校での日本語の教育や、東洋の美術品の整理を依頼され、後のトルコ共和国の指導者の大半は、山田の教えを受けた人たちばかりだった。
10/17 :: 大和田哲男 魔法のハコで賞味期限を無くした天才博士
魔法のハコで賞味期限を無くした天才博士  CAS(=Cells Alive System)と呼ばれる冷凍技術を開発。このCASは、肉、魚問わず、元の新鮮な状態のまま保存できる。
その理由は、従来の凍結方法との「水分子」の動き方の違い。従来の冷凍法では、内側から表面へ水分子が移動していく「毛細管現象」で細胞膜が破壊され、ドリップが流れてしまう。
しかしCASは、微弱なエネルギーを加え水分子を振動させることで、凍らずに液体の状態が保たれる“過冷却”という状態のまま温度を下げることができるため、細胞破壊を防ぎ、鮮度が保たれる。
今後、親知らずなどの健康な歯を冷凍保存しておく、ティースバンク(歯の銀行)などへの活用が期待されている。
10/17 :: 狐野扶実子 世界のセレブを虜にする空飛ぶテクニシャン
フミコは世界中のセレブの間で話題の“料理クリエーター”。
その顧客にはシラク元大統領夫人をはじめ、政治家や映画俳優、大企業の役員など様々。
彼らがフミコを指名する理由、それは美味しさだけではない彼女の心遣いの料理だ。
フミコはフランス料理教育の最高峰といわれるル・コルドンブルーを首席で卒業。
その後は三ツ星レストランアルページュの扉を叩く。わずか3年で副料理長に就任するが、自らの料理を極めるために現在は料理クリエーターとして活躍する。
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