これまでにも繰り返しこのエッセイに書いたことだが、現在ほど政治家にとって割りの合わない時代はない。財政が逼迫している、というより破綻寸前なので、政策立案が非常に限られたものになってしまっていて、不自由だからだ。番組でも、話題は年金問題に、しかも「消えた5000万件」や「年金不払い」問題などに終始し、医療と介護を加えた抜本的な社会保障制度についての話はほとんどできなかった。
ただ舛添氏との会話で、問題は厚労省や社保庁や自治体だけにあるのではないことにわたしは気づいた。年金はわたしたちの金で、もっと主体的に、かつ積極的に「獲得する」という態度が国民の側にも必要だったと思ったのだ。勘違いされると困るが、5000万件というデータミスや職員の着服は言語道断で弁解が許されないとんでもない不祥事だ。社保庁や自治体のこれまでの対応にしても、もちろん不親切で傲慢なところがたくさんあった。監督官庁である厚労省の責任も重い。だが、わたしたちはもっと「自分の金だから自分で獲得する」と思う必要があったのではないだろうか。そして、今回の不祥事の連続がその契機にならなければならないと思う。 |