
2003年「ホノルルマラソンで日本人が始めて優勝」という小さな記事が載った。
優勝した選手は“早川英里”。成蹊大の無名のランナーだった。実績は全くなし。しかしその走りは野性味にあふれ、コーチである中島氏(谷川真理のコーチ)は「まるでケニア人のような走りをする…」と評した。
早川が本格的にマラソンに取り組んだのはわずか3年前。大学3年の時、尊敬する谷川真理が主宰する「ハイテクスポーツ塾」に出会うと驚異的なスピードで実力を伸ばした。2004年のホノルルマラソンでは途中転倒しながら「通常と3~4分はタイムが違う」という高温多湿、高低差の激しい難コースを2時間28分11秒で駆け抜けた。
「高圧高酸素室」「電解イス」などの科学的なトレーニングを積極的に取り入れ「実業団にも属さずこれまでに類を見ないランナー」(中島コーチ談)に成長。
「早川は通常の人が…の数値が…なんですよ。…………ちょっと人間離れしていますね。シカゴでは条件さえ揃えば驚くような記録が…」と話す中島コーチが最後にひとこと、こうつぶやいた。
「早川がブレイクする前に取材に来て頂いてありがとうございます。」