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2005年05月09日
いつもぎりぎりの攻防だ
いつもぎりぎりの攻防だ。
テレビ東京がある神谷町まで日比谷線に乗り換えて15分。
乗り継ぐ駅への到着時間で状況がころころ変る。
40分に着くとかなり余裕。
会社までの道のり、コンビニでミネラルウォーターを買う時間がある。
42分は、ちょうどぴったり。
駅からゆっくり歩いても打ち合わせには余裕がある。
44分・・・・これは厳しい。神谷町の駅についたら猛ダッシュだ。
ラクロス元日本代表の筋肉も衰えを見せ始め、最近は会社に着くと
息も絶え絶えだ。
例えばもっと早く家を出ればいい、という人もいるけれど
朝の一分はとても貴重。
ニュースも見て、新聞チェックして、ちょっと紅茶も飲みたいし・・。
それに朝のラッシュ時は電車も2分おきに来る。
一本逃しても回復の余地はある・・・。
「安全か」なんて当たり前すぎて疑うこともせずに。
JR福知山線の脱線事故は
多くの犠牲者を出し、ゆがんだ企業体質を浮かび上がらせた。
でもニュースを伝えながら、私は心の中に引っかかるものを感じ始めていた。
朝のあの時、電車が一分遅れただけで
私の心の中は、いらいらの毒素で充満する。
「何で来ないの?」「どうして遅れるのかなあ」「早くしようよ」
44分の電車が45分になれば、私の焦りは最高潮になる。
デスクの顔も脳裏に浮かぶ。
遅刻のうまい言い訳は何か無いだろうか。今、電話すれば大丈夫だろうか。
でも、一生懸命走れば、間に合うかも知れない。
駅から会社まで最短距離で走るにはどのコース取りをすればいいか。
いらいらいらいらいらいらいら・・・・・。
定刻運行が客へのサービスだとJR西日本は言った。
私のような日ごろの思いの積み重ねが、運転手を、企業を、
定刻優先主義へと駆り立てたのか。
一分にいらつく世の中は「安全」という当たり前の概念をいつのまに
奪い去ってしまっていたのだろう。

