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2005年06月29日

夏が来る

間もなく夏が来る。
あれは小学校3年の夏休み
蚊取り線香の煙がゆらりゆらりと渦を巻く中、
たたみの上に寝転がって読んだ「ひめゆりの塔」「戦艦大和の最期」
「ガラスのうさぎ」「裸足のゲン」・・・・・。
近くの図書館から腕いっぱいに本をかかえてきては、夢中で読み、
夜、暗くなると「うじが湧いた足や手」が自分をつかんでくるような気がして
母親の布団にもぐりこんだ。

幼い頃、セミの泣き声の降る中、父に連れられ上野動物園にいくと
薄暗い入り口のところに腕のないおじさんや足のないおじいさんが
ぼろぼろの服を着てじっと座っていた。父に尋ねた。
「何で手がないの?」
「戦争に行って失くしてしまったんだよ」
父はその人の前に行きそっと何かを置いた。おじさんはかるく頭を下げた。

戦争が終わって60年。
年配者にとっては忘れかけた「記憶をよびおこす」
若い世代にとっては「自国の歴史をみつめる」夏が来る。

そして私達ニュースの現場では今もなお終わらない戦争の現実を伝える。
外国の地におきざりにされたままの何十万という日本人の遺骨収集のニュース。
にわかに沸いた元日本兵のニュース。
靖国神社への総理の参拝に中国が反発しているニュース。

そして今日の映像はサイパンに立つお二人の後姿だった。
天皇皇后両陛下は対戦の激戦地 サイパンのスーサイドクリフ、
バンザイクリフを訪問された。外国の戦没者を慰霊するのは戦後初めてのことで、天皇陛下の強い希望で実現した。

あの頃読んだ本に書いてあった。
もげた腕を自分でつかみ、血に染まりながら兵士は
「天皇陛下バンザイ」と叫んだ。
特攻隊は「天皇陛下バンザイ」と叫んで敵艦に突っ込んでいった。
多くの日本人が「バンザイ」と叫んでサイパンの崖から飛び降り自決したと。
どのような思いであの崖をご覧になったのか。
崖の上にどんよりと低く広がる雲がお二人の後姿を包んでいた。

2005年06月24日

ヨン様が入院して、退院した

ヨン様が入院して、退院した。
映画撮影の過労のせいだという。二日にわたって一報を番組で伝えた。
数あるニュースの中で取り上げられるのだから、
やっぱりヨン様は凄いのだと思う、
そんな話を上司の行きつけのバーで一緒に話していたら
「お前、今は「冬ソナ」じゃなくて「愛るけ」だぞ。」という。

あいるけ?愛るけ?なんですか、それ。

聞けば日経新聞の文化面渡辺淳一さんの小説「愛の流刑地」の省略語。
あああああ、ちょっと挿絵がセクシーなやつね。
描写がかなりきわどい道ならぬ不倫小説。
日経にしては珍しいというか冒険だなあと
連載が始まった時に驚いたものだ。

ところがいまや、おじ様たちは朝一番に日経の「一面」ではなく「裏」を
みるのが日課だという。冬香という女性はいまやアイドル。
私の履歴書の「野村克哉シダックス監督」を読むふりをして、
冬香と主人公の情事に朝から胸をときめかすそうだ。

突然、カウンターで一人で飲んでいた隣の男性が会話に乱入してきて
「冬香は30歳後半ですかね」
おおおおお、あっという間に2人の間に「愛るけ」を通じた
同志の雰囲気が流れた。
私をそっちのけでやたらと盛り上がっている。
女性陣を席巻したヨン様現象と同じことが今、
おじ様たちの中で「冬香現象」として巻き起こっているようだ。

次の日読んでみた。
朝から強烈である。
男女が情事(表現が古いか)の最中、首を絞めあっている。
結構恥ずかしい。
あの「冬ソナ」で女性は忘れかけた切ない恋に胸をきゅんとさせたが
世の男性は「愛るけ」で道ならぬ情念に朝から興奮するのか。

あの頃「冬ソナ」は女性を動かし、
民間レベルで日韓の理解を深めるという偉業を果たしたが、
果たして「愛るけ」は世の男性陣にどんな影響を与えるのだろう

2005年06月20日

「にほん」か「にっぽん」か

「日本人」に振り仮名をふると皆さんならどっちだろう?
「にほんじん」か「にっぽんじん」か。

打ち合わせのキャスター席で「にほん」か「にっぽん」かで
大体いつも議論になる。
先日、フィリピンで大騒動となった「元日本兵」の場合。
熱狂したサッカー「日本代表」は?

印象論として国名「日本」を強調したいときは「にっぽん」という説がある。
だからだろうか国を代表する選手達は「にっぽん代表」といいたくなる。
でもサッカー協会からは先日「にほん代表」と読んで欲しいと依頼がきた。
ラグビーは逆に「にっぽん代表」といって欲しいそうだ。

「元にっぽん兵」か「元にほんへい」かとなると先方の希望も無いわけで難しい。
番組の女性ナレーターSさんは、他局の朝の情報番組でナレーターをしている
こともあり
「@テレビは「にっぽん」でしたよ。わざわざ振り仮名までふってあったし」という。
そういわれるとそんな気もする。
しかし昼のNHKのニュースを見ると、んんっ?
「もとにほん兵とみられる云々~」と読んでいるではないか。

このあたり明確な基準がないだけにぐらぐら揺らぐもの。
ただ、同じ番組内で呼び方がちがうのもみっともない。
Sさんやデスクと協議をして
「じゃあ、アッコさん、元にほん兵で統一しましょうか」
合点承知した。

しかし、
原稿がまだだあー
VTRがまにあわないぞお
中継が繋がりませんっ
ON AIR15秒前まで怒号が飛び交うことも多いスタジオの中、
手元の原稿もばさばさの状態で
本番3・2・1
「こんばんは。元にっぽん兵と見られる人物が・・・・」

あああああああっ~言っちゃったよお、にっぽん兵!にほん兵だったじゃないっ。
動揺を隠し原稿を読みながらSさんやデスクの顔が浮かんだ。

戻ってくると
「アッコさん、まずいって顔一瞬しましたよね。わかりましたよ」とニヤッ
以来、不安なときは赤いペンで大きくルビをふることにしている。

かたや、企業や団体の名前の場合はどちらで読むか決まっている。
むしろ、だからこそ間違えられない。
日本コカ・コーラは「にほん」
日本ビクターは「にっぽん」
そのたびにきちんと調べている。
でも頻繁に原稿に登場する名前は、さすがに躊躇なく読むことが出来てしまう。

今日も読むことになった「日本航空・にほんこうくう」
タイヤが破裂し車輪から脱落するという異常事態。
社会ニュースでおなじみになってしまうのは先方としては不名誉なことだ。
ちなみに1日前に高度誤認のニュースで読んだANA全日空は
「ぜんにっぽんくうゆ」である。
空の安全に対して不安の声が上がるのも無理はない。

2005年06月06日

『クールビズ』がスタートした

ここ2-3日でずいぶん耳慣れた感があるけれど
地球温暖化防止のためノーネクタイ、ノー上着、いわゆる「省エネルック」を
推進しようと言う取り組みで閣僚官僚が率先し6月からスタートした。

小泉総理の初日はブルーのかりゆしウェア、次の日は若草色のシャツ。
う~んなかなかさわやか。
わざわざ買いに行った人も多いようで
こうしてみるとスーツスタイルは男性にとって楽だったんだろうなあ。
Yシャツとネクタイだけ考えればいいのだもの。

なんて思いながら
報道フロアをみわたすと・・・・・ここじゃあ言われなくてもクールビズである。
ネクタイをしているのは、ええと、
T報道局長とTプロデューサーと今日の担当Nデスクの3人だけ???
当日の担当デスクはスタジオのロングショットで映り込むだけにさすがに
しゃきっとしている。

あとはすごいぞ。
アロハシャツもどきを着ているWデスク。すごい、柄がお魚だ。
昔バンダナを巻いてスタジオのデスク席に座り視聴者からお叱りをうけただけのことはある。
デスクの補佐をするW記者はおお、サンダルを履いている。ムレ防止とのことだ。
ピンクのポロシャツを颯爽と着ているのはイケメンMデスク。
何気にさらりといいものを着こなす。
ジーパンに赤のチェックのシャツは酒豪Kデスク。
以前、頭を丸坊主にしてびしっとスーツで登場したときはすごい迫力だった。

マスコミはこういう点では臨機応変。
何か事件があれば会社に置いてあるスーツに着替え現場に飛んでいく。
表に出ないときは効率よく仕事が出来るようにクールビズ。

何事もTPOが大事。
政府だってさすがに緊急事態にアロハで会見はできないだろう。
このまま嫌な出来事もなく穏やかに「クールビズ」な夏が過ぎるといいのだが。

2005年06月03日

二子山親方の訃報

どこの局を見ても昭和の名大関、二子山親方の訃報を伝えていた。
息子の花田 勝さん、貴乃花親方は会見で言った
「闘病中、親と子に戻れた」
「父は憧れだった・・」

その言葉をきいたときに私はある言葉を思い出した。
巨人の長嶋茂雄名誉監督の息子一茂さんだ。
脳梗塞で倒れ、今懸命のリハビリを行っている長嶋監督だが
「誤解を恐れずに言えばね、僕らは今ようやく家族の時間を取り戻して
いるんだよ」
去年、双子の赤ちゃんが誕生した長嶋家。
でも「親父がこんなことにならなければ、今もかわらずプロ野球界のために奔走していただろうから2人の孫にも会う時間は無かったよね」

一茂さんは、父である監督と家の中で2人っきりになったことは1度か2度
しかなく、そのときは本当に緊張したそうだ。
自分の家なのに。自分の父親なのに。
「親父というよりは憧れの人。いつもまわりに人がいたしね」

長嶋監督が話してくれたことがある。
「僕はね、佐々木さん。あの高度経済成長後、日本がぐん、ぐん、と熱く沸き
立っている昭和の激動の時代に、まさに国民の皆様の激情と言うものを肌に感じながら、それを牽引していくプロ野球の大きなうねりの中にいたんです。それはそれは凄いエネルギーでしたよ。国民が自分に何を求めているのかもええ、ええ、よく理解していました。だから
みんなが期待する長嶋茂雄という人間を私も必死で半ば演じるような形であの
時代を生き抜いてきたように思います」

色あせた映像の中、熱狂する観客の中、誰もが認める昭和のヒーローたち。
力道山、王 長嶋 、そして名大関貴ノ花。
彼らは自分の姿を通して多くの夢や希望を人々に与えた。
でもその影で、犠牲にしたものも多かったのかも知れない。

長嶋監督は今、一茂さんいわく「壮絶なリハビリ」に取り組んでいる。

2人の孫を膝に乗っけて、安らいでいる姿を見ると「穏やかな気持ちになる」
そうだ、こういうときこそ「家族」が「親父」を守らなければならないと。

親父は元気になったらどうせ止めてもまたプロ野球のために奔走するだろうし、
こうして、一番かわいいこの時期に孫と家族と一緒の時間が持てたことは神様
からのプレゼント。そう思えばこの時間は後にとてもいとおしい時間になるの
かも知れないね。

誰もが熱狂しあこがれた英雄たちは
自分の体が動かなくなるそのときまで使命を果たそうとするのだろうか。
古びた映像の中で躍動する彼らの姿は時代を経た私たちの心をもとらえて
はなさない。

 
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