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2005年06月03日

二子山親方の訃報

どこの局を見ても昭和の名大関、二子山親方の訃報を伝えていた。
息子の花田 勝さん、貴乃花親方は会見で言った
「闘病中、親と子に戻れた」
「父は憧れだった・・」

その言葉をきいたときに私はある言葉を思い出した。
巨人の長嶋茂雄名誉監督の息子一茂さんだ。
脳梗塞で倒れ、今懸命のリハビリを行っている長嶋監督だが
「誤解を恐れずに言えばね、僕らは今ようやく家族の時間を取り戻して
いるんだよ」
去年、双子の赤ちゃんが誕生した長嶋家。
でも「親父がこんなことにならなければ、今もかわらずプロ野球界のために奔走していただろうから2人の孫にも会う時間は無かったよね」

一茂さんは、父である監督と家の中で2人っきりになったことは1度か2度
しかなく、そのときは本当に緊張したそうだ。
自分の家なのに。自分の父親なのに。
「親父というよりは憧れの人。いつもまわりに人がいたしね」

長嶋監督が話してくれたことがある。
「僕はね、佐々木さん。あの高度経済成長後、日本がぐん、ぐん、と熱く沸き
立っている昭和の激動の時代に、まさに国民の皆様の激情と言うものを肌に感じながら、それを牽引していくプロ野球の大きなうねりの中にいたんです。それはそれは凄いエネルギーでしたよ。国民が自分に何を求めているのかもええ、ええ、よく理解していました。だから
みんなが期待する長嶋茂雄という人間を私も必死で半ば演じるような形であの
時代を生き抜いてきたように思います」

色あせた映像の中、熱狂する観客の中、誰もが認める昭和のヒーローたち。
力道山、王 長嶋 、そして名大関貴ノ花。
彼らは自分の姿を通して多くの夢や希望を人々に与えた。
でもその影で、犠牲にしたものも多かったのかも知れない。

長嶋監督は今、一茂さんいわく「壮絶なリハビリ」に取り組んでいる。

2人の孫を膝に乗っけて、安らいでいる姿を見ると「穏やかな気持ちになる」
そうだ、こういうときこそ「家族」が「親父」を守らなければならないと。

親父は元気になったらどうせ止めてもまたプロ野球のために奔走するだろうし、
こうして、一番かわいいこの時期に孫と家族と一緒の時間が持てたことは神様
からのプレゼント。そう思えばこの時間は後にとてもいとおしい時間になるの
かも知れないね。

誰もが熱狂しあこがれた英雄たちは
自分の体が動かなくなるそのときまで使命を果たそうとするのだろうか。
古びた映像の中で躍動する彼らの姿は時代を経た私たちの心をもとらえて
はなさない。

 
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