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2005年11月30日
ちょっと助けてもらえませんか?
中学一年のころ
バスケット部の練習帰り、もう暗くなった駅の近くの駐車場で声をかけられた。
自分で言うのもなんだが
私の通っていた中学のセーラー服はとってもかわいくて、
誰でもかわいく見えたと思う。
その人は背が高くて気の良さそうなお兄ちゃんだった
「そこのプレハブ小屋の上に鍵が落ちちゃって
自分では取れないのでちょっと手伝ってくれませんか?」
困った人は助けてあげなくちゃ。
近寄っていくと
小屋の上を見るように言われた。けれど、何もない。
そしたら急にその小屋の扉をあけ、ぐいっと中に押し込もうとするではないか!
「あの奥にあるかも知れないから取って来て!」
何すんですか!
ちょっと扉を閉めないでよ!
こちとら、ハードな部活で足腰鍛えてるんだいっ。
むんずと、扉をこじあけて
無理やり押し込もうとするその手を押し返し
ぐっと腰を落として踏ん張っった。
すると敷地内のマンションからおばさんが出てくるのがわかった。
「おばさん、助けてください。この人が困ってるんです」
私も人がいい。
困っているのはわたしのほうだ。
おばさんが近づいてくると、その人は鉄砲玉のように走っていってしまった・・・・。
今思うと身の毛もよだつ経験だが
あのころは変な人、としか思わなかった。普通にてくてく歩いて帰路に着いた
そう、どんなに教えても子供には「身の危険」の本当の意味はわからない。
「困った人は助けてあげる事」
「目上の人の話はきちんと聞くこと」
いい子に育てようと思えば思うほど、親の不安が高まるというのも皮肉なことだ。
広島で小学一年生の女の子が殺害された事件で、きょう容疑者が逮捕された。
いつの時代にも変な人や危ない人がいるというけれど
最近、増殖しているような気がするのは私だけではないだろう。
2005年11月15日
寒い寒い朝だった
寒い寒い朝だった。
吐く息が白くなるような朝9時。
すでにたくさんの人達が紀宮さまのご結婚をお祝いしようと皇居に集まっていた。
「本当に喜ばしいけれど大変なこともおありでしょうね。」
マイクを向けると寒さで鼻を赤くしながら皆そう答えた。
皇室から民間へ。
大学の同期として、SPに囲まれながら生活されていた彼女を知っているだけに、
なんとも感慨深い。
さらに自分がこうして特別番組を担当できるのもさらに感慨ひとしおである。
二重橋を紀宮様が乗った車が渡るのが見えた。
「あっいらしたよ。レポートするね」すでに回りは各局のカメラの山。
ぎゅーぎゅ詰めの中、ゆっくりすすんでくる車の様子を必死でリポートした。
一回変な敬語使っちゃった気がするけれど。
2時からの会見を生中継するために
1時半から3時半まで特別番組があって、その場には大学時代の友達を引っ張りだした。
「さーや(紀宮さま大学ではそう呼ばれていた)とは小学校から一緒なんだから何とか出演して!!お願い、頼むよ~」
「でもなあ、最近は同窓会であったくらいだし」
「おおおおっ最近会ったんでしょ?なおさらお願い」
「あっこがそこまで言うならわかった、協力するよ」
この日はもちろん各局朝から紀宮様のご結婚一色。
みれば、大学時代の友人があっちにもこっちにも出ていて
お祝いコメントを言ってるではないか。
私にとっても同窓会みたいなかんじ。
「うわ~Yちゃん、なつかし~。今アメリカなんだ」
「あっK子、何しゃっべってるの????この間、出演を頼んだら出ない
って言ってたのに!怒」
みんなご学友らしく気品漂う面持ちでこたえているけれど
学生時代を知ってる私としてはかなり楽しめた。
特番が始まって
20分間予定されていたお二人の会見は
あっさり5分ほどで終わった。
「なんともお二人らしい」
30年皇室を取材してきた専門家はそう言った。
「目立つことが苦手な紀宮さまと黒田さんで話し合ってそうしたのでしょう」
皇室から民間へ。
美智子様はこの日の朝、紀宮さまをぎゅっと抱きしめて「大丈夫よ」
と言って送り出されたと、矢内アナがリポートした。
生放送なのに思わずじわっときた。
つねにSPに囲まれていたけれど
つねに笑顔を絶やさず
つねにひかえめで・・・・むしろ敢えて目立たぬようにしていた印象が強い
紀宮さま。
何度か皇室特番を担当してきたけれど
この特番はいつもよりもどこか深く深く染み入るような
厳かな気持ちで伝える自分がいた。
心をこめて
「おめでとうございます」
そういって番組を終えた。

