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2006年05月11日
お手本
何事も、人生、ものまねから始まる。
生まれて初めて発する言葉は親の真似。
自転車だって、兄貴が乗っているのをみて真似してがんばった。
松田聖子さんの聖子カットも毎朝、真似て作った。
マドンナの真似をして「ライク ア バージン~フゥ!」」と叫んだら
母親に、そんな歌を歌うなと怒られた。
まずは誰かの人まねをし、そこから独創性をはぐくんでいく
それが成長のステップ。
アナウンサーになって最初は憧れのアナウンサーの真似をしろといわれた。
イメージを持てということだったのだと思う。
真似をするというと
ちょっと響きが悪いか。
お手本にする、というほうが印象はいい。
ただ、この行動がたまにマイナスに動くことがある
ニュースではさまざまな事件を克明に伝える。
犯行の手口、手順、被害総額、
具体的に伝えれば伝えるほど
実はそれをまねた犯行、「模倣犯」が出てくることがある。
「おれおれ詐欺」もそう。
「犯行グループは電話をかける弁護士役、警察官、それぞれが役を演じて
被害者をだまします」
伝える私も、「なるほど、そんな風にやってるのか」と思うのだから
これを「手本に」して「俺らもやってみるか」と思う人だっていなくはないだろう。
さらにたちの悪いことに、「独創性」を駆使し、さまざまな詐欺のパターンを生み出している輩がいる。
報道することで「伝える責任を果たし」皆に注意を喚起するのと同時に
犯行の手口を教える結果になることが時にあることもまた事実、これもジレンマだ。
自分もやってみよう
自分もやってみたい
悪い手本はごろごろ転がっている。
手本をみあやまらないように
日々律したいものである。

