• 東京パラリンピック、金メダル獲得へ貢献し喜びを共に味わいたい!

3/27 #127「ウィルチェアーラグビーの魅力」
三阪洋行さん

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今回は車いす競技、ウィルチェアーラグビーの日本代表選手として3大会連続でパラリンピックに出場し、2016年のリオパラリンピックではアシスタントコーチとして関わり銅メダル獲得に貢献した三阪洋行さんがいらっしゃいました。
ウィルチェアーラグビーはラグビーと違い、手足に障害がある競技者同士の4対4で行われます。前方へのパスやドリブルをして、ボールを持ってゴールラインを通過すると得点になります。車椅子同士のコンタクトが認められていて、ぶつかって転倒することもある激しいスポーツです。三阪さんは「激しさの中に緻密に練りこまれた戦術戦略が最大の魅力です」と語ります。

三阪さんがウィルチェアーラグビーを始めたきっかけは何だったのでしょうか。
「高校生になって花園(全国高等学校ラグビーフットボール大会)を目指していたんですけれども、部活の練習中の事故で頚椎損傷、首の骨を折って車椅子生活になりました。色々落ち込んでいる時に、リハビリを担当してくださった先生から『車椅子のラグビーがある』と教えて頂いて、どうやってやるんだろうと、その日は興奮して一晩中眠れなかったです。言葉のインパクトだけでも僕にとってはすごく大きな出会いで、今でも鮮明に覚えています」と三阪さんは振り返ります。
「今まではみんなと一緒だったのに、ある日突然、車椅子で生活することになって、周囲に甘えてしまう環境がありました。家族から『無理なくていいからね』と言われ、分かってて甘えてしまう自分がすごく嫌だったんです」と当時の心境を話します。

そんな時にニュージーランド留学の話がきたそうです。「自分を変えるには誰も助けてくれない環境に行くしかないと留学を決意しました。ニュージーランドでは『Are you OK?』と声をかけられるのですが、それが『お手伝いしようか?』ではなく『大丈夫かい?』という感覚で、自分でできるなら立ち入らないけど、力を必要としているのならいつでもサポートするよというニュアンスに感じられたんです。日本にいるときは同じに見てもらいたいと思っていたのですが、同じになるのは難しい。でも、理解してもらうことで『同じ場所』で生きていけることを学んだんです。それは私の中で今も生きている考え方です」と三阪さんはお話しされました。「嫌いだった自分のことを好きになれ、障害というものを受け入れて前向きに進めるようになったという意味で、留学は大きな経験になりました」と笑顔で語ります。

三阪さんのこれからの夢は何でしょうか。
「2020年に来る東京オリンピック・パラリンピックで金メダルを獲る舞台は整ったと思うんです。そこに自分も何かしらの形で関わり、喜びを共に味わいたいです。頑張り続けたいと思います」と力強くお話しされました。2020年の大会が、ますます楽しみになりました!

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