KIRIN~美の巨人たち~

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ミレー「晩鐘」

今日の一枚は、世界で最も有名な絵画の1つと言っても過言ではないでしょう。ジャン=フランソワ・ミレー作『晩鐘』です。農民画家と呼ばれたミレーが、45歳の時に描いた作品です。
絵の舞台は、パリから南に50キロのバルビゾンという小さな農村です。夕暮れ時、教会の鐘が鳴り響くと、1日の労働を終えた夫婦が祈りを捧げます。遠くには教会が見えます。背景は緑豊かな麦畑、それに反し、前景は痩せた土地で、収穫はじゃがいものみ。夫婦が貧しい農民であることがわかります。
主題の敬虔さから、『晩鐘』は多くの国で共感を呼びました。そして、この絵に激しく心を動かされた、2人の画家がいます。ゴッホとダリです。しかし、2人がこの絵に持った印象は、まったくの正反対でした。はたして、2人の画家は、今日の一枚から何を感じ取ったのでしょうか? そして、ミレーはこの作品に、どのような思いを込めたのでしょうか?

1814年、ミレーは、フランス北部ノルマンディー地方で、格式ある農家の長男として生まれました。厳格なカトリックの信者である祖母に可愛がられ、彼女の強い信仰心に影響を受けます。祖母の後押しで絵を学ぶことを許されたミレーは、21歳でパリに向かいます。しかし、大都会になじめず、ひたすらルーブル美術館に通い、名画を見て過ごしました。そして『蓑をふるう人』という作品を描きます。この作品で、働く農民を描くという画家としての方向性を定めるのです。その後、バルビゾンに家族とともに移住し、『種まく人』や『落穂ひろい』、そして『晩鐘』などの代表作を描いたのです。

ゴッホが『晩鐘』と出会ったのは、20歳の時でした。当時ロンドンの画廊に勤めていた彼は、『晩鐘』の複製画と出会い、感銘を受けます。独学で絵を学んだゴッホは、ミレーの複製画を集め、繰り返し模写しました。また、ミレーの親友サンシエが書いた、ミレーの伝記にも影響を受けました。農民画家として生き、貧しいけれど敬虔で信仰深いという、伝記に書かれたミレー像に共感し、質素な田舎生活を始めたのです。
一方で、『晩鐘』の感傷的な評価に、激しく異論を唱える一人の男がいました。それがサルバドール・ダリです。9歳の時に『晩鐘』の複製画を見たダリは、激しい不安感に苛まれたといいます。28歳のある日、再び『晩鐘』の複製画を見たダリは、死のイメージを感じ取ります。そして、『晩鐘』をモチーフにした作品を描くようになるのです。またダリは、『晩鐘』に描かれている、夫婦の間に置かれている籠に対して、違和感を持っていました。ダリはルーブル美術館に依頼し、『晩鐘』のX線検査を行います。すると、籠の下に描かれたある物が発見されたのです。それは一体?

偉大な2人の画家に、多大な影響を与えたミレーの『晩鐘』。鑑賞者であるゴッホとダリ、そして作者であるミレーの見地から、この名画に迫ります。

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