KIRIN~美の巨人たち~

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岡本太郎「太陽の塔」

あの日から、41年の歳月が流れました。他のパビリオンはとうの昔に消え去り、今は一人ぼっちです。産みの親は戦後の日本に登場したアバンギャルド芸術のスター、岡本太郎。今日の作品は岡本太郎作『太陽の塔』です。高さ70m、広げた両腕の長さは25m。直径は最も太い下の部分で20mもあります。1970年の日本万国博覧会のお祭広場に、テーマ館として作られました。この『太陽の塔』には、三つの顔があります。一番上が『黄金の顔』。両目にはビームライトが設置され、避雷針が角のように飛び出しています。お腹の部分には『太陽の顔』。もう一つの顔『黒い太陽』は、塔の背中にあります。祭りの儀式を執り行う象徴的な存在として描かれました。一本の塔に三つの顔という多面体の造形物。果たしてこれは彫刻なのか? 建築物なのか? 『太陽の塔』には、今もこの言葉がふさわしいのです――「何だ!これは!?」

1970年に開かれた大阪万博。その成功は、日本にとって先進国の仲間入りを果たす為の悲願のパスポートのようなものでした。掲げたテーマは「人類の進歩と調和」。1967年、万博主催組織の事務局長が岡本の元にやって来ます。テーマプロデューサーとして、このテーマを目に見える形で表現して欲しいと依頼して来たのです。ところが、この話を引き受けた岡本は前代未聞の暴挙に出ました。「人類は進歩なんかしていない」。このテーマを真っ向から否定したのです。

それだけではありません。当初、テーマの展示スペースは建築家・丹下健三が設計した全長300m、幅100mという世界一の屋根で覆われたシンボルゾーンの中に収まる予定でした。つまり、誰も頼んでいないのです。こんな巨大な建造物を作って欲しいとは…。「優雅に収まっている大屋根の平面にベラボーなものを対決させる」。岡本の胸にそんなアイデアが浮かんだのです。設計に大幅な変更を迫る上に、必然性も有用性もありません。ところが、このアイデアが受け入れられていくこととなります。岡本のアイデアを面白がる人たちがいたのです。こうして、前代未聞の塔の建設が始まりました。

けれど、『太陽の塔』の造形はいわば岡本の閃きの芸術です。プロデューサーとして岡本が心血を注いだのは、塔内部にあるテーマ展示でした。そして、この内部にこそ『太陽の塔』の正体が隠されていたのです。果たして、岡本はテーマ展示に一体どんなメッセージを込めたのでしょうか? 岡本太郎が生み出したベラボーなもの『太陽の塔』、その全容に迫ります。

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