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イタリア北部・ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院。今から500年以上も前、この修道院のかつては食堂だった場所にレオナルドが描いたのが『最後の晩餐』でした。
漆喰の壁に直接描かれたこの絵の大きさは、縦4.2メートル・横9メートル。そこに描かれているのはイエス・キリストとその弟子の12使徒。
イエスが“あなた方のうち、一人は私を裏切るであろう”と予言した瞬間、12使徒たちは激しい動揺と不安に襲われます。その情景がレオナルドの手によってドラマチックに描かれています

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1452年、レオナルドはフィレンツェ郊外の小さな村で生まれました。少年時代、野山に出かけては絵ばかりを描いていたというレオナルド。
科学を学び、機械を発明した万能の天才でしたが、最終的には画家こそ自らの仕事と考えていました。彼が様々な知識と経験を得ようとしたのは、完璧な絵を描くためでした。そんなレオナルドがミラノの支配者だったスフォルツァ家に招かれ、宮廷芸術家としてミラノにやってきたのは30歳の時。宴会用の舞台演出から肖像画の制作まで手掛けていたレオナルドに、当主自らが依頼したのが修道院の食堂壁画『最後の晩餐』でした。そして制作に3年を費やし、レオナルドは『最後の晩餐』を完成させたのです。

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当時、“最後の晩餐”というテーマ自体は珍しいものではありませんでした。多くの画家がこのテーマに基づいて絵を描いていました。しかしレオナルドの描く絵と、彼らの絵には、同じテーマでありながらも決定的な違いがありました。それは、裏切り者ユダの描かれ方。他の作品では、その立ち位置や他の弟子の頭上に輝く光輪がないことで、誰がユダなのか一目瞭然でわかります。しかしレオナルドの『最後の晩餐』に描かれたユダは、他の弟子に溶け込ませるような描かれ方をしているために、じっと眼を凝らして見ないとわからないのです。聖書の中で、ユダは裏切り者と非難されているのにもかかわらず、レオナルドはなぜこのような描き方をしたのでしょう。それまでの決まり事であった聖なる光輪を外してまで、万能の天才がやりたかった事とは何だったのでしょうか。その謎を解くヒントは、制作に行き詰まるとレオナルドが足繁く通ったという死体置場に!?
壮大な壁画の中にレオナルドが隠したミステリーに迫ります!

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さらに・・・
1999年、20年にも及ぶ修復作業の後、『最後の晩餐』は現在の姿を現しました。その結果、これまで覆い隠されていたレオナルドの真の筆あとがはっきりと見えてきたのです。ところが今まで見えなかったものが見えてきたことによって、また別の謎が・・。次週の放送ではこの絵に見つかった新たなる謎に迫ります。

 
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