絵の具と筆と鑿・・・。
芸術を生み出す為の道具。そこに全く新たな手法が加わったのは、十九世紀のことでした。
移り行く光をとらえる機械が発明されたのです。
見た儘の光景を寸分違わず銀盤に写し出す魔法の箱・・・、カメラ。
それさえ持てば、誰もがリアルな光景を手にすることが出来ました。
でも、それだけに写真はなかなか芸術として認められませんでした。
ただ記録する為だかの道具だと。
革命が起こったのは、カメラの誕生から百年も後の事でした。
場所は・・・、またしてもパリ。
印象派、キュビズム、フォービズム・・・、次々と近代美術の歴史を変えていったパリ。
時代の一瞬を切り取り、永遠に固定するのが、写真の力の一つとするならば、今日の一枚は正に一九二〇年代、あの頃のモンパルナスの空気を繋ぎとめたものでした。
あの頃・・・、あまりの科学の進歩に芸術が行き先を見失い、混乱していたあの頃・・・。
今日の一枚は、写真です。
マン・レイ作「アングルのヴァイオリン」。
モデルは、モンパルナスの人気者、キキ。
撮影当時、彼女は写真家と恋に堕ちていました。
たおやかに、くっきりと浮かび上がる見事なフォルム。そこに写真家が一筆添えたヴァイオリンのf字孔。それだけで、見る者の心を様々にかきたてます。
ユーモアと感じる人もいるでしょう。しかし、この写真には作者の生涯に渡る芸術との闘いが隠されていました。作者のマン・レイは、記録する為だけの手法だった写真を、芸術の域まで高めた男。
一九二一年、彼が突然パリに現れた時、その正体は謎に包まれていました。
「私を知れたければ、私の作品を見よ」
彼は、そう云います。しかし・・・、
彼の作品を見た者は、ますます頭を抱えました。鋲の出たアイロン、キュビズム風の油絵。マン・レイと云うその名前自体も本名ではないようでした。
謎の芸術家、マン・レイ。彼のアトリエを訪れたジャーナリストは、こう記しています。
「木、鉄、チェス、それに立方体、円錐形、ピラミッド型、渦巻き型のものに取り囲まれていた。それは、夢の小径へと続くなぞの入り口だった」
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