日本の夏です。暑い毎日が続きます。
そこで、暑気払い。今日は、豪勢に国宝と参りましょう。
と言っても、最も国宝らしく無い国宝とも云われる作品です。 今日の一枚、久隈守景作『夕顔棚納涼図屏風』。江戸の初期に描かれた二曲一隻の屏風絵です。
大人の人は、無責任に「昔は良かった」などと言いますがこの絵を見れば、納得してしまうかもしれません。本当によかったんだろうな、って。家は、藁屋根の粗末なもんです。
軒先からは、竹で組んだ夕顔の棚が伸びています。 ちなみに夕顔とは、瓢箪のことです。 その下で、ゆるりと夕涼みをしている家族がいます。
薄物の襦袢をまとった逞しい父親は、酸いも甘いもかみ分けた、苦み走ったいい男。 湯上りの女は、洗い立ての髪を白い背中に流し、半裸の姿で横座り。
年下の恋女房かもしれません。 二人の間には、子宝の男の子。
こんな会話が聞こえてきそうです。「今日は、ちょっと働いちゃったな」「おまえさん お疲れだったねえ」「なあ、おいらは貧乏だけど幸せもんだよ」「あら、あたいもよ」・・・なんてねえ。
この家族の情景を照らすように空には、月がぽっかり。 夏の夜、この世界の充足感。
今日の一枚、この方に語って貰いましょう。
日本美術応援団団長、山下裕二さん。
さて問題は、この絵の作者です。 久隈守景。 狩野探幽の弟子の一人と伝えられていますが生没年も生まれ育った場所も判らない江戸初期の謎の絵師なのです。
だから、とっても無口。
『夕顔棚納涼図屏風』が、国宝に指定されたのは昭和27年の11月のことです。
では、もしこの絵が、日本で最初に描かれた「家族の肖像」だとしたら、どうでしょうか?
その辺りから、お話を進めてまいりましょう。 なぜ、久隈守景という謎の絵師は家族を描いたのか?
この絵の画題となった歌があります。「夕顔のさける軒ばの下すずみ 男はててれ 女はふたのもの」ててれとは、ふんどしのことです。 ふたのものとは、腰巻きのこと。なぜ久隈守景は、家族の団欒を描いたのか?
富山県高岡市にある国宝瑞竜寺。加賀藩二代目藩主前田利長の菩提を弔う為に建立されたこの名刹に、久隈守景の絵があります。8面に及ぶ襖絵です。この『楼閣山水図襖』には、守景という絵師の凄みが隠されています。中国の水墨画の揺るぎない伝統。
時には、雪舟のごとき力強い筆遣い。長谷川等伯の「松林図屏風」を思わせる奔放なる筆触。
余白の中の柔らかな淡墨の風情は、絵師自身の味わい。そう、水墨画のあらゆる技術が駆使されているのです。現存する久隈守景の作品は、200点にも上ります。
しかし、絵師自身の人生については殆ど判っていません。
彼の落款は、驚くほど淡白な自意識です。
描かれた年も、凝った雅号もなく、ただあっさり「守景」と記されているばかり。まるで作者の気配を消すように。 江戸時代、徳川幕府の御用絵師として権勢を誇った最強の絵師集団がありました。
狩野探幽を長とする狩野派です。
その探幽門下の四天王の一人が、久隈守景という絵師だったと伝えられています。
後世に残された僅かな資料には、こう記されています。 「山水、人物を得意とす。そのおもむき雪舟と伯仲」「探幽門下、右に出るもの無し」
狩野探幽にその腕を見込まれた守景は、探幽の姪を妻に娶っています。 狩野派との揺るぎない血縁を結んだ守景。絵師としての未来は、輝いていたのです
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