遥かいにしえの芸術が、今もそこかしこに顔を出す街、ローマ。
その西の端に、まるで美術の宝箱のような小さな国があります。
ヴァチカン市国。街のすべてが一級の芸術品。 その中でも最もすばらしいものと云えば・・・、現教皇、ヨハネ・パウロ二世は、こう云っています。
「神は決して見えないはずですが、ここに立つとまるで身近に見えるようです」
・・・神を感じる場所。 ヴァチカンの至宝。システィーナ礼拝堂。
・・・壁にも柱にも、一流の芸術家たちの手で隙間なく装飾が施されています。
荘厳たる芸術に埋め尽くされた部屋。 圧巻は、遥か頭上二一メートルの所にあります。
今から五百年ほど前、除幕式の時、はじめてこの天井画を仰ぎ見た人々は、しばし声を失い、そしてこう囁き合ったと云います。・・・「人間業とは思えない」今日の作品は、システィーナ礼拝堂天井画《天地創造》。
描いたのは、ミケランジェロ・ブオナローティ。 “神の如き”と云われた画家は、四年半と云う歳月をかけ、これを描き上げました。・・・神は土から人間をつくり賜い、しかし人間は神を裏切る。 縦40メートル、横13メートルの巨大な天井に描かれた聖書の物語。 神、精霊、そして人間・・・、登場人物はおよそ三百名にも登ります。
中心部には、聖書の『創世記』に基づき『天地創造』、『アダムとイヴ』、そして『ノアの物語』が各三場面ずつ描かれています。 その中心部を取り囲むように描かれているのは、十二人の預言者と巫女。
三角の部分には、イスラエルの民の救済物語。 さらに、ダヴィデやユディットなどの英雄、そしてキリストの祖先たちの姿までが描かれた壮大な作品です。
ミケランジェロは、四年半の間、この天井画に凄まじいまでの情熱を傾けました。しかし、最初、天井画の注文が来た時、ミケランジェロは必死で断わろうとしたと云うのです。
そう、信じられないことに、この天井画こそ、ミケランジェロが本格的に描いた最初の絵だったのです。それまでの天才と云う評価は、偏に彼の彫刻作品に与えられたものでした。だからこそ、ミケランジェロは最初にこの天井画の話を必死で辞退したのです。
それでも、ミケランジェロは断わることは出来ませんでした。
何故なら、それを命じた者こそ、ヴァチカンの頂点に立つ教皇、ユリウス二世だったのです。
天井画の制作中にミケランジェロが故郷の父に送った手紙が残っています。
「私はいまだに、途方に暮れています。その理由は、仕事が難しいことと、私の業ではないからです。なぜなら私は画家ではないからです。だから、私は時を無駄にしています。神様!お助け下さい」
神を描きながら、我が身を呪う・・・、天井画制作は、ミケランジェロにとって正に受難でした。
|