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2005年3月26日 放送

 
 
パリの夜の顔、モンマルトル界隈の酒場やダンスホールを渡り歩き、放蕩の限りを尽くした画家がいました。

通称「小さな怪物さん」と呼ばれたその画家が、4年間の構想の後に描き上げた作品、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック作『ムーラン街のサロン』。

その作品は南フランスの古都、アルビのトゥールーズ=ロートレック美術館に所蔵されています。かつて司教が使った城館だったこの建物は、1907年に市へ寄贈され、以来、ロートレックの作品が壁を埋め尽くしています。

『ムーラン街のサロン』で描かれているのは、作品全体を取り囲む赤紫とばら色の中で、むせ返るようなおしろいで厚化粧をした女たち。

肌もあらわなドレス、しどけない姿の女たちは、娼婦。赤紫の大きなソファとゴージャスなギリシャ風の柱、そして大きな鏡が外界から完全に孤立させています。

ここは娼婦の店、"娼家"のサロン。物憂げな雰囲気で座る女たち。

何かを訴えかけるようにこちらを見る女のその目は、異様な光を帯びています。そして、半分だけ姿を見せている娼婦は、なぜかスカートを捲り上げたあられもない姿。ロートレックはこの絵で何を訴えていたのでしょうか。



ロートレックはアルビの北の郊外、ルボスク城の城主、トゥールーズ=ロートレック伯爵家の長男として生まれました。この伯爵家は、代々の当主が画家顔負けの絵を描くことで知られ、ロートレックもまた幼い頃から馬や人物のスケッチに才能を見せていました。父のアルフォンス伯爵は息子に堂々たる貴族になることを期待していましたが、ロートレックはただ転んだだけで足の骨を骨折し、その後、成長が止まってしまいました。もはや馬に乗ることもできない世継ぎに落胆し、失望を隠さない父。ロートレックは不幸のどん底に落とされ、やがて画家の道へ進むことを決心します。

ロートレックは絵画のテクニックを次々に自分のものにしていき、やがてジャポニズム日本趣味にかぶれるようになります。

それまでの西洋絵画になかった型破りで大胆な構図と鮮やかな色彩、ユーモラスで生き生きとした人物画、アカデミックな伝統を破壊する、その大胆さにロートレックは夢中になりました。『ムーラン街のサロン』でも使われている、画面からはみ出してしまう構図や手前に大きく広がるソファは、浮世絵でよく見る手法です。さらに、中央に座る青い服の娼婦から奥の女性への人物の配置には、娼家の独特な雰囲気を伝えるための画家の緻密な計算が生きていました。

『ムーラン街のサロン』はロートレックの最も重要な作品です。手前の人物をワイドレンズのように描いて絵の奥の丸い空間に入り込みやすくし、人物による丸い空間は閉鎖的な世界を表しています。

そしてこちらを見ているのが、この娼館のマダム。画面から半分はみ出して下着を捲っている女性は、健康診断にやってきた医師の診察を待っています。娼婦たちは画面の外で診察を受けている仲間たちを見ているのです。ロートレックは性病検診というプライベートな時間を描き上げました。

巨大な風車がシンボルのダンスホール、ムーランルージュがパリの夜空を焦がし始めた1887年頃、ロートレックもダンスホールや酒場を渡り歩いて酒を飲み、踊り子や客を観察しました。そして、異色の人物画を描くようになります。

『ムーランルージュに入るラ・グリュー』は、当時人気絶頂だった踊り子を描いた作品です。やがてロートレックの鋭い目は、もっと派手で目立つ女性に向けられていきます。それは当時、最もいかがわしいとされた職業、娼婦でした。
 



ロートレックは娼家での4年間に50点以上の油絵と、数百枚のデッサンを残しています。

彼は酒場で店の光景や人々をスケッチしました。しかし、娼婦の家は制作の場ではなく、生活の一部でした。

時には娼婦同士のケンカの仲裁に入り、時にはラブレターの代筆をしました。いたずらに官能を求めず、描いたのは決して幸せな生活を送れない女たちのメランコリー。彼女たちの奥にある真実を覗かせたのは、やさしさと深い愛情。大作『ムーラン街のサロン』は、それまでの彼の人生で得た能力と経験のすべてを注ぎ込んだ集大成でした。

アルビのトゥールーズ=ロートレック美術館には、ロートレックが描いた母親の肖像画も残されています。

早くから夫との仲は冷え切り、息子を追って家を出た不幸せな女の肖像。『ムーラン街のサロン』を描いてから4年、酒と不摂生で体を壊し、37歳の生涯を閉じるまで、彼はこの母を慕っていました。

画家が4年間通いつめて描き上げた女たちの肖像、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック作『ムーラン街のサロン』。そこには幸せから見放された女たちの素顔が描かれていました。不幸な人生を笑い飛ばして生きた男が、不幸な女たちに託した人生の真実。
   
ロートレック「ムーラン街のサロン」

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