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日本の江戸文化の華・浮世絵は、明治期になると、西洋の新しい絵画技術や印刷技術の流入によって、一気に衰退の一途を辿りました。
明治に生まれ、大正、昭和を生きた版画家・川瀬巴水は、我が国伝統の文化復興を目指し、江戸浮世絵でも日本画でも油絵でもない、新しい浮世絵版画「新版画」を生み出した人物です。
明治16年、東京の糸問屋の長男に生まれた巴水は、画家になりたいという夢を持ちながらも、家業に追われる日々を送っていました。やがて27歳のとき、家業を妹に託し、意を決して日本画家・鏑木清方の門下となり、新たな人生を歩むこととなります。
一方、横浜の貿易商で浮世絵の輸出の仕事に就いていた渡邊庄太郎は、日本国内で顧みられなくなった浮世絵が次々に海外へ流出していく光景に心を痛めていました。
このままでは日本の伝統芸術が消えてしまうと考えた庄太郎は、22歳で自ら版元となり、浮世絵版画の復興に努めることを決意します。
庄太郎は、日本人に限らず、外国人画家の作品にも目を向け、多くの浮世絵版画の生産に努めました。やがて、江戸風景版画の広重、北斎に代わる画家を探していたところ、巴水の風景画が目に留まります。
大正7年、庄太郎は巴水の作品を使って、リアルな存在感を醸し出す、新しい浮世絵版画「新版画」の制作を開始します。
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