宝永六年(1709)、豊後相良藩二万石徒士組金杉惣三郎は、十四年ぶりに江戸の地を踏んだ。藩主・斎木高玖よりある密命を受けるためだった。六万冊の蔵書・相良文庫が唯一の財産という九州の貧乏小藩に、切支丹本所持の嫌疑がかけられた。先ごろ、長崎で購入したばかりの南蛮本の中に、幕府ご禁制の切支丹本が混ざっていたという。これが表沙汰になれば、藩取り潰しの危機に・・・。何の為に誰が・・・。内々に真相を探り、解決するべく惣三郎に密命が下される。
貧乏下士の三男に生まれた惣三郎は、直心影流の使い手で、若殿・高玖の武芸指南役であった。しかし、高玖を庇ってのとある事件から、間もなく御役を解かれ帰国。以後は国許で腑抜けのような毎日を送っていた。やがて縁あって婿に入った御右筆方・金杉家の職を継ぐが、その字のあまりのお粗末さに、「かなくぎ惣三」と嘲られるほど。清之助、みわの幼い二子を遺して妻・あやめが早世してからは、惣三郎のふぬけぶりは、ますます高じていた。
しかし、それは世を忍ぶ仮の姿・・・。城下を流れる番匠川には、藩主・高玖より拝領の豪剣・高田酔心子兵庫を手に、夜な夜な独創の秘剣・「寒月霞斬り」を練る金杉惣三郎の姿があった。
藩主の密命を受け、子供たちを残し脱藩した惣三郎は、江戸の市井に身を潜める。火事場始末の荒神屋喜八親方の温情で、職と住を得、芝神明町の札差・冠阿弥の出戻り娘・お杏や火消し芝鳶の頭取夫婦、北町奉行所同心の西村桐十郎、花火の房之助親分らと親交を結ぶようになる。そして京橋に小料理屋を営む寺村の娘・しのとは、いつしか互いに思いを寄せ合う仲に・・・。
江戸の人々ともちつもたれつの暮らしを続けながら、密命遂行に奔走する惣三郎に、ある日、国許の幼子たちが、連れ去られたという知らせが届く。
そしてその背後には、親友であり共に剣を競い「相良の龍虎」と呼ばれた剣豪・日下左近の姿が・・・。子供たちを救うため、そして強奪された切支丹本を奪い返すため、惣三郎は立ち上がる・・・。