ドキュメンタリー ここから始まる~冬来たりなば春遠からじ~(仮)
放送日
【放送は終了しました】

番組概要

震災から1年。

町長や多数の役場職員が津波の犠牲になり、行政が機能しなくなった岩手県・大槌町と、

130軒あったイチゴ農家のうち120軒が被災し、産業が立ち行かなくなった宮城県・山元町。

二つの町の再生の物語をメインに、ゼロから立ち上がる人々の姿を描く。

大槌町では、行政に頼ることのできない状況の中で、被災者自らとボランティアが手を取り街づくりのために奮闘する

様子を、山元町では、町や農協に支援を断られたいちご農家が、家族経営から株式会社へと転換して再起を図る

模様をそれぞれ取材する。

ナレーター:大江麻理子(テレビ東京アナウンサー)

本編動画

番組内容

 

【行政が機能しない 岩手県大槌町 ~被災者がつくったコロッケ店】

岩手・大槌町は町長が津波で犠牲になり、復興が遅れに遅れた。この町で津波に300メートル流され、

九死に一生を得た臼澤良一さんは仮設住宅の近くでボランティアの“まごころ広場”を運営している。

被災者同士が気軽に立ち寄れるお茶飲み場所としてテントからスタートした広場は、ボランティアなどの援助を受けて

進化を続けている。行政が機能しない中で、ある時は被災者の相談所、ある時は支援基地としての役割を担ってきた。

そして12月にはコロッケ店として営業を始めた。コロッケ店で働く人は被災者だ。

2月にはコロッケ店に続きお弁当屋さんを開業しようと動いている。

仮設で暮らすお年寄りにおいしい食事を届け、そして雇用の場にもなるお弁当屋さんを被災者自らが必要と感じて

作りだしているのだ。

まごころ広場の動きを通して、被災地が求めていることを描き出したい。

 

【産業が立ち行かない宮城県山元町~イチゴ農園とインディーズの挑戦】 

宮城・山元町では130あったイチゴ農家のうち120の農家が被災した。

戦後、初めて山元町にイチゴを植えた父を持つ岩佐隆さんもその一人だ。

自宅も農機具もすべて流されたが、父の遺志をついでこの山元町でイチゴ栽培を再開したいと考える岩佐さんに、

農協は「復興計画がまとまるまでの3年間は支援できない」と通告した。自分たちだけでやるしかない。

岩佐さんは家族経営では限界があると、ほかの被災農家にも声をかけ6月に「山元いちご農園株式会社」を

立ち上げた。岩佐さんたちは、銀行などに融資を求めると同時に、被災地応援ファンドを利用することにした。

一口1万円に2000人が出資してくれれば、ハウス栽培の光熱費や人件費を出すことができる。

その「山元いちご農園」を応援しようと立ち上がったのがインディーズバンドの“ZIN-SILジンシル”だ。

作り上げた曲「生きていくこと」のPVに岩佐さんたちを出演させYouTubeにアップ、小口ファンドへの出資を

呼び掛けた。そしてその曲をiTuneで配信し、収益金を寄付するというのが支援の仕組みだ。

ネットを利用した新たな支援は、若者たちを動かし始め、ファンドの申し込み率は70%を超えた。

2月に山元いちご農園は、震災後初めていちごを出荷する。そのイチゴは、まず出資者の皆さんに食べて欲しいと

岩佐さんは語る。

ZIN-SILは新たに別の農家を支援しようと動き始めた。被災者とZIN-SILの活動を追い、今どきの支援を伝えたい。

予告動画

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