• #

ビジネス

テレ東

2018.7.5

日航機墜落事故で注目を集めた携帯電話:平成テック#2

平成テック#2【テレ東プラス】

日航機墜落事故で注目を集めた携帯電話:平成テック#2

バブル経済で始まった「平成」。その30年間は、"アナログ"から"デジタル"へ大変革を遂げた時代だった。パソコンやインターネットが一気に普及。コミュニケーションツールはポケベルから携帯、そしてスマートフォンへ。


便利なテクノロジーは、次々と世の中を席巻し、社会や文化に影響を与えた。私たちの生活を大きく変えたあのテクノロジーは、一体どのようなものだったのか?全4回シリーズで検証する。



ポケベルに取って代わった携帯電話


1990年代前半にブームとなったポケベルに代わり、普及したのが携帯電話。


相互間で"通話"ができるコミュニケーションツールとして、「iモード」や「カメラ付き携帯」など世界初の機能も数多く搭載して進化。スマートフォン登場以降は「ガラパゴス・ケータイ=ガラケー」と言われ利用者は減ったものの、今でも根強い人気を誇っている。


heisei-tech_20180705_01.jpg



"元祖"携帯電話の重さは3キロ


携帯電話の原型は、1985年にNTTが発表した「ショルダーホン100型」。大きい弁当箱に受話器が取り付けられたような形で、文字通り、肩から下げて持ち歩いて使用した。


当時としては画期的な製品だったが、その重量は約3kg、連続通話時間は約40分と、いまの携帯電話と同じように"いつでも、どこでも話せる"といったものではなかった。


料金も高額で、月の基本料は2万6000円。契約時には約7万円の設備料の他に保証金20万円など、初期コストがかかる代物だった。通話料金も今より高く、6.5秒で10円(~160km)。


とても誰もが気軽に使えるというものではなかったが、一体どのような人たちがこの携帯電話を使っていたのか?


長年、携帯電話の開発に携わってきたNTTドコモ取締役執行役員の丸山誠治さんによると「企業の社長や地方自治体の緊急連絡用など、限られた人たちに使われていた」という。

heisei-tech_20180705_02.jpg

*毎日新聞社



日航機墜落事故で緊急使用


ショルダーホンの名が世に知られるようになったきっかけは、1985年8月に起きた日航機墜落事故。捜索現場に12台のショルダーホンが提供され、自衛隊の連絡手段として使用されたのだ。


実は、ショルダーホンの商用化は、その翌月に予定。事故が起きた時点で技術は完成していたものの、まだ電波利用の免許は得ていなかった。


そこでNTTは、郵政省(現総務省)に超法規的措置の適用を申請。水戸市と宇都宮市の拠点から電波を送り、つながるようにしたという。こうして、ショルダーホンは予期せぬ緊急登板を果たした。


heisei-tech_20180705_03.jpg



携帯小型化の鍵はバッテリーだった


ショルダーホンから始まった携帯電話。


実は、丸山さんは当時「バッテリーなどが大きかったためみんなが持ち歩く時代になるとは全く想像していなかった」と言う。


しかし、電池に使用される素材開発が進みバッテリーなどを小さくする技術も進化し、携帯電話は小型化の一途を辿っていく。


大きめの弁当箱サイズだった電話は、手の平サイズまで小さくなった。そして1991年に超小型携帯電話が登場、爆発的に普及していくようになる。


*この記事と映像は2018年3月17日(土)に放送した「ミライダネ」を再構成したものです。


テレビ東京の人気経済番組を見るなら、ビジネスオンデマンドへ!

関連タグ

この記事を共有する

番組タグ

関連記事

カテゴリ一覧