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テレ東

2018.5.19

テレ東プラス連続ウェブ小説:「夜ごと悩めるバリキャリ女子の『WBS(私の・場所・探し)』」

第一話 ナチュラル失礼おじさん VS 金融系OL美里35歳


できるオンナの朝は早い。


朝、5時30分。
清水美里の携帯電話のアラームが鳴る。
美里は毎朝極力この時間に起きて、ピラティスをする。もちろん美容と健康のためだ。30代半ばともなれば、自らを律しないと体型維持すらままならない。


ヨガではなくピラティス、というのがこだわりのポイントだ。
ピラティスを選んだ理由は、美里にとって、ヨガインストラクターの言うことが難しいから。


「カラダの声に耳を傾けて......」とか「太陽のエネルギーを体内に取り込んで......」などと抽象的なことを言われるより、「正しい筋肉を使って股関節を動かし、脚の付け根のリンパ節から老廃物を流しましょう」と、身体の動かし方を的確に指示をもらって実行する方が性に合っているのだ。


ピラティス・タイムのアラームで重たいまぶたをこじ開けると、ガラステーブルの上にはビールの空き缶がいくつも乱雑に転がっていた。
「今日は無理かも......」酷い頭痛がする。痛みを忘れてしまいたくて、あと30分眠ることにした。


(......ああ、だめだわ。頭が痛い......もしかして本当に頭が割れてるとか?)


美里は心配になってつむじのあたりを触ってみるが、別に怪我はしていないようだ。
だとすると、昨晩の大酒のせいに違いない。


(まさに、アセトアルデヒドが出てるって感じ......)


美里のまぶたの裏には、二日酔いの原因物質アセトアルデヒドの元素記号が血管の中で泳ぎ回っているイメージが浮かんでいる。どんなに頭痛が酷くても、こういうものは想像できるようだ。


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キッチンまで水を取りに行きたいが、美里の身体は、まるで書類の上に置かれたペーパーウエイトのようにどっしりとベッドを捉えていて、一人では動けそうもない。
あいにく、こんなときにこそ頼りにしたい彼氏の将太とは、些細な口ゲンカをして以来、数日連絡が途絶えている。


(仕方ないわね......)


水を諦めてもう少し眠ろうとすると、今度は昨日の出来事がフラッシュバックする。


*


昨夜は、大事な会食だった。
会食相手のクライアントは、転勤が決まった同期の坂口から「女性だとちょっと大変かもしれないけど、清水なら上手くやれるだろう!」と意味深な説明付きで引き継ぐことになった投資家で、美里が働く証券会社にとっても重要な取引先の一人だ。


ただ、恐らく悪気はないのだろうが、文字通り、自然にセクハラまがいのことを言ってくる"ナチュラル失礼おじさん"だった。


名刺交換の際に「美里ちゃんよろしく~」といきなりの"ちゃん付け"をされて、坂口に言われた言葉の意味をすぐに理解した。


会食が始まって30分が経過した頃、坂口の携帯にやたらと電話がかかってくるようになった。どうやら部下にトラブルがあったらしく、坂口も焦っているように見えた。


本当は"ナチュラル失礼おじさん"と二人きりはきつい。だからと言って、これからはこのクライアントを自分が担当するのだから坂口に甘えるわけにはいかない。


「私一人で大丈夫だから、坂口はもう行きなよ」


「悪いな......サンキュー」


坂口が"ナチュラル失礼おじさん"に中座を詫びて出て行くと、すぐさま「美里ちゃんは歳いくつ? スタイルいいよね?」と上から下までじっとりとまとわりつくような目つきで眺めてきた。


不快なあまり、鳥肌が立つ。


(そうよ、社会人になりたての青臭い女の子じゃあるまいし。おじさんのセクハラくらい上手くあしらってみせるわ)


そう自分に言い聞かせ、口角を上げて視線を正面に戻す。


「美里ちゃんは、彼氏いないの?」
「いないですね。今は仕事が一番大切なので、恋愛はお休み中なんです」
「お休み中? 休んでいるような年齢じゃないでしょ? 子供産めなくなっちゃうよ?」


(......この人、政治家だったら今の発言で即辞任ね。『美里ちゃんキレイだから恋愛を休むなんてもったい無いよ』くらいの気の利いたこと言えないのかしら)


驚くほど退屈な2時間をなんとかやり過ごし、赤坂の高級料亭を出て外堀通りに向かって歩いているときだった。
「美里ちゃん、こっちの方が近いよ」と薄暗い道にいざなわれた。
心の中でアラートを鳴らしながら、おじさんの後ろを歩く。


万が一に備え、「恋をお休みしてるって言いましたよね?」とクールに断るシミュレーションを手短に済ませた。


おじさんが振り返ってこちらを見る。


(やっぱり来たわね......)


不意に雑居ビルの看板を指差してそいつはこうのたまった。
「ほら、熟女パブとかもあるくらいだからまだまだ美里ちゃんも需要あるかもね!」


一瞬目の前が真っ暗になる。
美里の想像をはるかに超えてきた、まさかのセリフ。


(なるほど、この人は女を貶したいタイプなのね。セクハラというよりパワハラに近いのかしら......でも、それならそれで対処方はあるわ......)


必死で思考を整理しようと頭を働かせていると、突然二の腕になまぬるい、嫌な感触が伝わると同時に乱暴におじさんの体重がのしかかってきた。


「おっとっと、足がふらついちゃって」


芋虫のような醜い指が美里の二の腕をしっかりとホールドしている。


「美里ちゃん、いい二の腕だったよ」
そう言って、"ナチュラル失礼おじさん"はそそくさとタクシーに乗り込むと、あっという間に美里の前から消えた。


冗談みたいな時間だった。口説きたいのか、貶したいのか、絶望的にデリカシーが無いだけなのか皆目見当がつかないが、ショックで暫くぼんやりとその場に立ち尽くしていた。


でも一番ショックだったのは自分自身に対してだ。
もっとスマートにあしらいたかった。上手く立ち振る舞えなかった。


山王下交差点の信号が滲んで見えてきたので、慌てて夜空を見上げる。が、星は見えなかった。


部屋に帰り、お気に入りのソファーに腰を下ろす。
いつもなら一日を戦い抜いた自分へのご褒美タイムになるはずが、ざわつく気持ちを抑えきれずビールに手を伸ばしている美里がいた。何本空けても気持ちは晴れない。
結局、しこたま呑んだうえにいつの間にか寝落ちしてしまった。


*


(今日はもう無理、会社休もう......)


改めてベッドに潜り込んだ5時45分。テレビがついた。


美里は、金融系OLのたしなみとして、朝は『Newsモーニングサテライト』を、夜は『ワールドビジネスサテライト』を見逃さないようテレビのオンタイマーをセットしていた。音に反応して思わず布団から顔を出し、テレビ画面に目を向ける......。


「週明けの為替と東京市場株価の見通しを――」


テレビから流れてくるマーケットの動向を聞いているうちに、割れんばかりに痛かったはずの頭は徐々に覚醒していき、美里はもう今日の仕事のことを考え始める。


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画面の中では佐々木明子アナウンサーが白いジャケットをかっこよく着こなしている。
美里は佐々木アナをキャリアウーマンの鑑として勝手に親しみを感じていた。"憧れの先輩"がまとう、フェミニンだが媚びないスタイルがとても眩しく見えた。

美里は起き上がってクローゼットを開けると、Theoryのジャケットを手にとった。


(どんなことがあっても朝は来るって、ね)


空気を入れ替えるために一番大きな窓を開けると、澄んだ空気と柔らかな太陽の光、そしてかすかな花の香りが部屋の中にやさしく流れ込んできた。


「会社行こう。その前にこの酒臭さ、なんとかしなきゃ!」


大きく一回深呼吸すると、美里は真っ白なバスタオルを手に、颯爽とバスルームへ向かった。


(第二話へつづく)

作/ニシオカ・ト・ニール
イラスト/大野まみ

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