メキシコで日本食の大衆食堂を営むカップルなど、ニッポン大好き中米人が登場:世界!ニッポン行きたい人応援団

2018.09.17

ニッポンに行きたくてたまらない外国人を世界で大捜索! ニッポン愛がスゴすぎる外国人をご招待する「世界!ニッポン行きたい人応援団」(毎週月曜日夜8時~)。毎回ニッポンを愛する外国人たちの熱い想いを紹介し、感動を巻き起こしています。今回は、「応募が来ていない国ホンジュラス」と「メキシコ」からお届け!



ホンジュラスいちのニッポン好きを大捜索!!

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番組にまだ一度も応募が来ない国、中央アメリカはホンジュラス共和国。まずは、ここで唯一教員免許が取得でき、日本語クラスもあるという国立教育大学へ。言語週間で、日本文化の魅力を紹介すべく集まった法被姿の生徒さんに話を聞くうち、この国でもニッポン好きが見つかる!という手ごたえを得たスタッフは、街でチラシ配りにポスター貼りにと大奮闘。日本人の管さんが営む日本衣料雑貨店「ジパング」にもポスター貼りをお願いし、応募者からの連絡を待つことに。

こうして翌日は最大級のショッピングモール・マルチプラザへ。ここは、前日配布した募集チラシの集合場所。うれしいことに応募者がズラリと集合してくれていました!

さっそく、ひとりひとりカメラに向かってニッポン好きをアピールしてもらいました。そんな中、注目したのが80年代の音楽をこよなく愛す、ケネディ地区に住む大学生・フランシスコさん。アーティストの中でも山下達郎が一番だと熱弁を奮います。まだまだ語ってくれそうなので、ご自宅へうかがうことに。



山下達郎を聴いて涙する、シティポップ大好き大学生

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3日後、ニッポンのハチマキ姿で出迎えてくれたフランシスコさん。案内してくれた家には、こけしやおろし金など、ニッポンのものがたくさん。さっそくパソコンで山下のヒット曲「RIDE ON TIME」を流し、「彼の音楽を聴いていると、懐かしい気持ちになって涙が出ます」とうっとり。山下に憧れるあまり、曲作りまで始めたというフランシスコさん。「ニッポンに行って山下達郎さんのような曲が作れるようになりたい!」と、夢を語ってくれました。



国民的ニュースで、"ハポン(日本)"好きを4分間のガチ緊張募集

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そこへ、2週間前から依頼していたテレビ番組への出演が1本決まったとの朗報が。コーディネーター・ホルヘさんの交渉が実を結んだのです。通訳の高岡さんと局に向かいますが、それは10年以上続く、硬派な国民的ニュース番組「フォーロ・カナル・ディエス」。失礼のないよう、ホルヘさんから急きょスーツをお借りし、スタッフはガチガチに緊張しつつ、MCのエリックさんにご挨拶。突然の本番で募集PRさせていただくことに。

さらに、大学が運営するチャンネルや、若者に絶大な支持を得るカジュアルなラジオ番組「ラ・オラ・デル・テ」にも出演しPR。すると効果はてきめんで、300件近い応募の電話が鳴りやまないという状態に。その中から、松尾芭蕉を愛する16歳の少女のお宅へ。



松尾芭蕉に夢中な美しい女子高生

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向かったのは、首都テグシガルパから車で2時間の郊外グアイマカ。ここに暮らすヒメナさんは、松尾芭蕉の俳句の大ファン。俳句は今や、約70か国、200万人以上の愛好者がいる世界的な文化なのです。ヒメナさんは、「17文字の限られた文字数で、侘び寂びを表現した天才」と芭蕉を称え、英語で俳句を書き溜めたり、研究しているというノートを見せてくれました。また、片道2時間かけて通う日本語教室で、いつか漢字をマスターし、漢字で俳句を詠むのが夢。「野原に風 心を通る 馬の歩み」と、一句詠んでくれたヒメナさん。「もしニッポンに行けたら、『奥の細道』を巡って、芭蕉がどのようにインスピレーションを受けて俳句を詠んだのか感じたい」と夢を語りました。

さて、ホンジュラスからは誰がニッポンに招待されるのでしょうか!?



二人三脚で大衆食堂を営むメキシコ人カップル

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続いて向かったのは、メキシコ合衆国のメリダ。ここは1919年、野口英世が黄熱病の研究をした街。訪ねたのは、日本食の大衆食堂「たま食堂」を営んでいるという、ペドロさんとアイメさんの仲良しカップル。2014年、ペドロさんが開いた食堂のオープニングスタッフに応募してきたアイメさんに一目惚れしたことで交際スタート。以来、大将と女将として、ふたりで店を切り盛りしてきたそう。ペドロさんが日本食を好きになったのは、日本人留学生の友人に作ってもらったことがきっかけ。この店ではじめて日本食を食べたアイメさんは、メキシコ人にも、寿司だけじゃなく、もっとたくさんの日本食を知ってほしいと願っています。

そもそも大衆食堂の起源は、江戸時代。参勤交代の武士や職人など、単身赴任する男性に向け生まれた外食文化でした。奈良茶屋川崎宿「万年屋」の「奈良茶飯」は、当時の人気メニュー。明治時代からは洋食文化も加わり、お客さんの要望に応えるうち、ラーメンやオムライスなど、メニューも多様化したのです。

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さて、従業員2人も加わり、本日の営業スタート。揚げ物担当・アイメさんの得意料理はから揚げ。まずは生姜も入った特製の漬けダレに鶏肉を漬け込みます。手に入りにくいかたくり粉は、コーンスターチで代用。それをまぶした肉をフライヤーで揚げる間に小鉢を盛りつけ、揚げたてからあげを乗のせて、立派な定食の完成! 試食したスタッフからも「おいしい!」と太鼓判をもらい、アイメさんはにっこり。

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続いて、店一番の看板メニュー「カツ丼」の調理も。アイメさんがカツを仕込む間、ペドロさんがみりんや醤油で本格的なタレ作りを。まさに二人三脚!

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ニッポンには行ったことがないふたりですが、自宅のひと部屋をマヤ文明の研究に訪れるニッポンの学生に無料で貸して、その代わりに日本食の作り方を教わることで、徐々にメニューを習得しているのだそう。日本食を作る上での苦労は、やはり材料。メキシコではネギの青い部分を食べないので、なるべくそこが残っているものを探したり、生姜は漢方店にわざわざ出向いて探すといいます。

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続いてランチタイムの営業を見せていただくと、現地の方にも大盛況! そろそろ新メニューとして、アイメさんは生姜焼き定食を加えたいと言いますが、ペドロさんは自身の日本食はまだ完璧じゃないと分析し、「お客さんがこれを日本食と信じてしまうのは心苦しいこと。だから自分で完全に納得しないとメニューにはしたくない」と厳しい判断。日本食を心から愛するペドロさんの真剣さが伝わってくる言葉です。

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そんな「ニッポンに行けたら、伝統的な大衆食堂に行ってみたい!!」というふたりを、ニッポンに招待することに! 朗報を伝えると、ふたりは抱き合って大喜び。お客様からニッポンへ行ったことがあるかと聞かれても、いつも「ない」と答えるしかなかったというアイメさん。「今後は自信をもって料理を出せます。だって本場に行くんだから!」と喜ぶアイメさんの頬には、美しい涙が光っていました。

このふたりの招待の様子は近日公開ですので、お見逃しなく! いったいどんな素敵な旅が待っているのか、本当に楽しみですね!

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