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2018.8.5

独学で琉球語をマスターしたオランダ人!:ワタシが日本に住む理由

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「日本に住む」ことを選んだ外国人にスポットをあてる「ワタシが日本に住む理由」(毎週月曜夜9時~)。伝統文化や伝統工芸、四季折々の光景、和食の味、日本人の性格など、日本人が気づかないニッポンの魅力を、彼らの生活ぶりとあわせて紹介します。

7月30日(月)の放送は、オランダ出身のハイス・ファン・デル・ルベさん(36歳)が登場しました。日本在住6年で、現在は沖縄で琉球諸語の研究員として働いているハイスさんが、沖縄の言葉に魅せられた理由を明かしてくれました。

「いちゃりばちょーでー」の沖縄に一目惚れ

1981年にオランダのサントポールトという街に生まれたハイスさん。子ども時代は日本に対してソニーなどの電気製品のイメージを抱いていたとか。15歳の頃には、若貴ブームに沸いていた日本の大相撲がオランダのテレビで放送されていたこともあり、日本への興味を募らせていったとハイスさんは振り返ります。

近所には日本語を話せるオランダ人も住んでいて、「日本語はオランダ語とは響きもイントネーションも違う」「日本語のカッコよさにシビれた」と語るハイスさんは、2001年にはライデン大学の日本学科へ進学。20歳になった2002年には初来日を果たし、オランダを模した観光地・長崎のハウステンボスでアルバイトを始めることに。そのアルバイトで知り合った沖縄出身の同僚から「ウチナーグチ」を教えてもらい、日本の方言に興味を持ち始めます。大学卒業のためにいったんは帰国したハイスさんですが、「大学で奈良の言葉や関西弁を研究しながらも、沖縄の言葉が頭の片隅に常にあった」とか。

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そんな思いを胸に29歳の時にあらためて来日したハイスさんは沖縄へと向かいます。「出会えば兄弟」という意味の「いちゃりばちょーでー」という沖縄の言葉を紹介しながら、沖縄との"初対面"について「その気持ちが伝わってきた」「沖縄に一目惚れでした」とハイスさんは感慨深げに語ります。

沖縄の言葉を未来に遺したい...熱い思いを胸に

2012年に沖縄に移住し、34歳の時に琉球大学で言語学の博士課程を修了。現在は琉球大学で沖縄の言葉を研究する日々を送っています。琉球言葉を操るハイスさんは、現地のお年寄りと雑談を交わし、現地のラジオ局でDJを務める番組で使っているのも沖縄の言葉。

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目を輝かせながら「方言というより言語」と解説するハイスさんですが、一方で琉球諸語はユネスコが「消滅危機言語」に指定するほど使っている人が減少。「沖縄の言葉を未来に遺したい」「今やらないといけない」と胸の内を熱く語ります。

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「昔ながらの沖縄が残っている」という浜比嘉島を訪れたハイスさんは、ヒンプンと呼ばれる魔除けの壁や珊瑚でできた石垣、そして琉球王国の宮廷料理だったと言われる沖縄そばなど、歴史や伝統を感じさせる品々を案内してくれました。

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番組の終盤で「日本の好きな風景」としてハイスさんが挙げたのは15世紀の琉球王国時代の勝連城跡。城跡の頂上まで登ったハイスさんは海に浮かぶ島々を眺めながら「ここから見たら言葉も歴史も全部目の前に浮かぶような感じ」と、この地にあった琉球王国に思いをはせながら語っていました。

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はるばる海外から日本にやってきて、日本で職を持ち、生活をしている外国人たちの「日本に住むと決めた理由」とは?毎回、一人の外国人が登場。外国人から見た日本の良さ、そして、私たちの知らなかった日本を再発見する番組です。

放送日時:BSジャパン 毎週月曜 夜9時放送 

出演者

高橋克典、繁田美貴アナウンサー

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