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テレ東

2018.3.30

日本を知る、地域を考える@山口県岩国市 :限界集落から世界へ ~地域の誇りと希望になることを目指す 獺祭(だっさい)の躍進~前編

日本を知る、地域を考える

限界集落から世界へ~地域の誇りと希望になることを目指す 獺祭(だっさい)の躍進~前編

●地方創生の本来あるべき姿とは?

「地方創生」――。東京一極集中などの人口問題で地方消滅の危機が叫ばれる中、多方面から地方活性化への取り組みや事業を行う。2014年秋、第2次安倍改造内閣発足と同日の閣議決定によって「まち・ひと・しごと創生本部」が設置され、基本目標として、

①地方において安定した雇用を創出する。

②地方への人の流れをつくる。

③若い世代のファミリープランを実現する。

④地域と地域を連携させる。

といった「人口減少問題の克服」と「成長力の確保」を長期ビジョンに掲げた。

あれから3年余り。2015年から5年後の2020年に設定された政策目標からすれば、折り返し地点を過ぎたところ。とっくに「戦略」から「実行」のフェーズへと移行しているはずだが、「上手くいっている」という声はなかなか聞こえてこない。それどころか「一億総活躍社会」「働き方改革」「人づくり革命」などの新しいキーワードが次々に打ち出される一方、ニュースなどで地方創生が語られることすら減っている。つまりは、「上手くいっていない」のだ。

地方創生は、外部から遠隔でできるものでは到底ない。その地域に暮らす住民が強烈な意思と構想を持ち、彼らの熱情に賛同したプロデューサーが企画、実現に向けて戦略を練り、地方自治体が応援する...これが地方創生のあるべき姿だからだ。しかし、実態はどうだろう? これとはまったく逆のことが起こっているのではないだろうか...。

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第一回目に訪れたのは、明治維新150年で賑わう山口県。まずは岩国市へと入る。人口は13万6000人(2016年10月現在)。広島県広島市と山口県周南市の中間地点に位置し、岩国城や城から見下ろす名勝・錦帯橋、国の天然記念物・白蛇(岩国のシロヘビ)生息地で知られる。

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中でも、1673年に岩国藩藩主・吉川広嘉の命により創建された5連アーチの木造橋(1953年に江戸時代の伝統工法によって再建)は、反り橋の構造が精巧かつ独創的で、現代の橋梁工学から見ても非の打ち所がないと言われる市民のシンボル。岩国城ロープウェイから臨む、錦帯橋創建当時とほとんど変わらない旧城下町の町並町みに心癒される。

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錦帯橋がかかる錦川沿いには、春には桜が、夏から秋にかけては鵜飼いが行われるなど、四季折々の景色が堪能できる。

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しかし、取材当日も平日から賑わう一方で、市内の観光客数の指標となっている錦帯橋の2016年度の入橋者数は61万4583人。過去20年間で最低だった2015年を2700人上回る微増で低迷状態が続いている。また、山口県の市町村別人口増減数を見ると、隣接する広島市が2万人増の119万人のところを(2016年10月現在)、岩国市は中国5県でワースト3位となる7100人減。高齢化も進んでおり、山口県は島根県と並び65歳以上の人口比率が30%を超えた。観光地を離れた市街地にはシャッター通りが広がるなど、全国に点在する典型的な地方の小都市といった印象だ。

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●岩国や山口、近県の広島より、東京やニューヨークの方が近かった

そうした中、世界的に飛躍する企業がある。アメリカやヨーロッパをはじめとする世界各国で薫り高い日本酒の代名詞とも賞される銘酒「獺祭(だっさい)」。地元山口県の地酒ということもあり、安倍総理がオバマ前大統領やプーチン大統領にプレゼントしたことでも話題を呼んだ。海外でも人気で、三ツ星レストランのフランス人シェフ、ジョエル・ロブションも認めるほど。パリ中心部にオープン予定の「獺祭」の名を冠した店では、日本酒と、その背景にある日本の文化を輸出することにも挑戦する。

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蔵元の旭酒造株式会社は、「獺(かわうそ)が村の子どもを化かした」という言い伝えがあるほど山深い岩国市周東町獺越(おそごえ)地区にある。JR岩国駅から、車でおおよそ40分。大型車がすれ違えないほど狭く急こう配な山道を進むと、山間に忽然と12階建てのビルが姿を現す。

「少し前までは半径5キロ以内に3000人が暮らしていましたが、現在はわずか100人ほど。弊社の半径1キロ内には24~25人しか暮らしていません」と、物腰の柔らかな口調で出迎えてくれたのは、旭酒造4代目社長の桜井一宏さん。

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「しかも住民のほとんどが高齢者。私どもの方でも空き家を買い取って、隈研吾さんデザインの直売所につくり変えるなどのご貢献はさせていただいていますが、過疎化と高齢化は加速する一方です」(桜井さん)。

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1990年代後半には日本酒ファンの間で山口県の銘酒として話題になっていた獺祭だが、酒の名は知っていても、それが岩国市郊外の集落でつくられていることを知る人は少ない。岩国市街地から遠く離れ、携帯電話もつながりにくい不便な山奥にあるこの小さな集落は、全国のこうした地域と同様に過疎化の一途をたどり、今やほぼ限界集落に。その場所で酒造業を営んできた旭酒造社が海外へ出ようと考えたのは、この急速な過疎化が一つの要因だった。

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「もともとは地元を取引先とする小規模な酒蔵でしたが、過疎化により酒を買う人が減ったんです。山口県内での販売も検討しましたが、県内の有力酒蔵や県外のブランドなど、ライバルが多く存在したため全く売れない。そこで(桜井さんの父で当時、社長だった桜井博志)会長が、多くの人が集まる東京へ打って出ることを選択。結果的に品質で勝負していく市場が主戦場になり、美味しさを中心に据えた酒を作る道を進むことで"獺祭"が産まれました」(桜井さん)。

東京進出は1989年頃。高級料理店や百貨店、各地の日本酒を扱う酒屋に向けて、路地裏の店までしらみつぶしにあたる...どぶ板営業で獺祭を売り込んでいった。加えて、東京に住んでいる山口県出身者が率先して獺祭をオーダー。一人一人が営業マンとなって、「おらが町の美味しい酒」として口コミで広めてくれた。

「一般的な酒蔵は、普通酒、純米酒、本醸造酒、大吟醸酒など様々な種類の日本酒を製造しますが、旭酒造では山田錦を使った純米大吟醸酒しか作ってないんです。例えばイタリアンやフレンチ、寿司など全ての料理を扱っているレストランで出てくる寿司よりも、寿司一本でやっている寿司屋さんの方が美味しいように、弊社の酒も一つに絞りこんでいるぶん、その味がよくなる。そうした味へのこがわりが、次第にお客様へと伝わったんだと思います」(桜井さん)。

その後は、東京以外の地方都市へ進出する事も考えたが、新規参入して限られた市場でパイを争うよりも、新たな需要が見込める世界の大都市へ行った方が今の成功体験を活かせると判断。桜井さん自身も語学力ゼロの状態から単身渡米し、地道な営業活動で獺祭の味を世界へと浸透させた。

「東京での流れを今度は海外に持っていきました。そう考えると、岩国や山口から、近県の広島より、東京やニューヨークの方が近かったですね。実際の移動距離ではなく、お客様の手元に届く心理的な距離が...」(桜井さん)。

地域間、業種間の連携のなさ、出る杭は打たれるという日本的な軋轢。さまざまな障壁があったことは想像に難くない。

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「ワインもビールも欧米の飲み物ですが、今や世界中で飲むことができる。おそらく同じように日本酒も、これからもっと海外に出て行くようになるでしょう。アルコールに対して世界の垣根がなくなっていくと強く感じています。その中で、美味しいアルコールの一ブランドとして獺祭が世界中に行き渡る。それが私どものイメージです」(桜井さん)。

山間の集落に、銀色に輝く近代的なビル。「山口県の小さな酒蔵」が旭酒造のキャッチフレーズだが、もはや「小さい」とは形容できない。訪問当初は、その光景に若干の違和感がありつつも、話を聞くうちに「岩国の山村から世界へ」――。そんな象徴にも見えてくるから不思議だ。取材日は3月の平日。にも関わらず、旭酒造の見学コースは満員。直売所の駐車場は県内外のナンバーの車で賑わっていた。

「最近は弊社及び隣接する直売所をお目当てにいらっしゃる海外のお客様も増えましたし、日本のお客様も北海道から沖縄まで全国津々浦々から来ていただいている。微力ですが、地域貢献のお役に立てているのかなと。弊社は現在70名の社員のうち県内出身者が7割、県外出身者が3割。雇用と納税という部分だけでなく、地域に誇りを持ってもらうという意味で、ある程度はご貢献ができいていると思います」(桜井さん)。

後編では、最新のテクノロジーを駆使し、常に明日を見据える桜井さんに、"地方創生の今"をどう感じ、どう捉えているのかを聞き、事業発展のヒントを得る。

旭酒造株式会社

https://www.asahishuzo.ne.jp/


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テレビ東京では、これらの番組や「テレ東プラス」の連載【日本を知る】を通して、今後もさまざまな日本の姿をお伝えします。

【番外編】獺祭の工場を見学!

旭酒造では、12階建ての社屋のうち2階から10階までを工場として使用。上階から順に工程が降りていくことで、作業をよりスムーズに行っている。

①「精米」の工程。獺祭の名を轟かせた「獺祭 磨き二割三分」。名称は、23%にまで精米した米からできている。50%以上削れば大吟醸酒のところを、77%も精米。これは大吟醸酒としては日本最高の数値。精米業者と研究、検証を重ね、精米時の摩擦熱で水分を失った米を独自の貯蔵袋で管理している(温度が高い状態で水分が戻るとクラックが入るため)。

②「洗米」。最大で80~90時間に及ぶ精米の次の工程。ここで水分を0.1%の単位でコントロールする。旭酒造が水分の量をここまで厳密にコントロールできるのは、手洗いで洗米するため(最新の機械でも0.3~0.4%程度のブレが生じる)。

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③蒸し上がった米に麹菌を振りかけて麹をつくる「種切り」。手作業の極みのような工程だが、実は近代化され、温度、湿度、空調を完璧に制御。念に1度しか仕込みができない酒蔵が多い中で、旭酒造では1年365日、常に醸造を行う。

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④「仕込み」。日本酒の前段階である醪(もろみ)が入っているタンクに仕込まれているのは、麹、蒸米、酒母(酵母)、仕込水。保たれた室内の温度は5度。獺祭の滑らかさやフレッシュな香りは低温長期発酵の賜物。大量生産する日本酒メーカーであれば、早ければ10日から2週間で発酵を済ませるところ旭酒造では通常30日程度、最大で35日もかける。

⑤「しぼり」。醪を酒と酒粕にわける工程で、日本酒の品質は洗米としぼりで決まると言われるほど重要。ろ過圧搾機にかけて繊維を通して酒をしぼり取る。袋香と呼ばれる匂いが酒に移らないよう、部屋の温度を匂いの原因となる細菌が住みにくい低温(5度)とし、繊維の洗浄を徹底した。

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⑥意外だが、「瓶詰め」が酒の良し悪しを決める。しぼった直後は旨い酒でも瓶詰めの次第で味が変わってしまうことがあるからだ。効率を重視した瓶詰めでは、冬場はしぼりに専念してタンクに貯蔵、春先にタンクごと殺菌して熱いまま瓶詰めをするが、旭酒造はしぼった酒を冷たいまま瓶詰め、お湯をシャワーのように浴びせるパストライザーという装置で殺菌。殺菌を終えると冷水を浴びせるパストクーラーで急速に冷やす。つまりは新酒鑑評会用と同じ工程で市販品がつくられていることになる。そして冷やされた酒は出荷まで冷蔵庫で眠らせて完成。






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