• #
  • トップ
  • トラベル
  • 日本を知る、地域を考える:山口県萩大島が生んだビジネスモデル...

トラベル

テレ東

2018.4.16

日本を知る、地域を考える:山口県萩大島が生んだビジネスモデル ~廃れつつある日本の水産業は変わるのか?~前編

日本を知る、地域を考える

山口県萩大島が生んだビジネスモデル ~廃れつつある日本の水産業は変わるのか?~前編

chiho_hagi_20180416_01.jpg


2014年秋、第2次安倍改造内閣発足と同日の閣議決定によって「まち・ひと・しごと創生本部」が設置された。しかし、「一億総活躍社会」や「働き方改革」、「人づくり革命」などの新しいキーワードが次々と打ち出される一方、ニュース等で語られることすら減ってきている「地方創生」。


東京一極集中などの人口問題で地方消滅の危機が叫ばれる中、多方面から地方活性化への取り組みや事業を行うとし、そこに暮らす地域住民が強烈な意思と構想を持ち、彼らの情熱によって動かされたプロデューサーたちが企画、実現に向けて戦略を練り、これを地方自治体が応援する――それが本来地方創生のあるべき姿だが、実際はアイデアもやる気もない住民。仕事を終えたらすぐさま中央へと舞い戻るコンサル、中央の助成金を引っ張ってくることしか考えない自治体など、人口減や過疎化の危機に直面している当事者(もしくは関わる人たち)がどこか他人事で、あきらめているかのようにも映る。「本当に、それでいいのか? 知らないことが多過ぎやしまいか?」


もちろん、強い意思と構想、熱情から始まった取り組みや、全国で話題を集める地方発のヒット商品などを生み出す成功企業もある。ある優れた人物の想いや事業が新たな未来を拓き、地域に根差す企業や住民たちをリードすることもあるだろう。本企画では、そんな各地方の"先駆者"や"成功者"に地域の魅力と問題点、地域経済も含めて今後をどう見ているかを聞く。ここに外部から見た客観的な課題も同時に伝えることで、地方が抱える諸問題の解決に向けた小さな一歩となることを願わずにはいられない。



地方に残る豊かな自然や文化を再度移植して日本の活性化を図る


「萩大島船団丸」をご存じだろうか? 山口県萩市からフェリーで25分ほど。北長門海岸国定公園のほぼ中央に位置する大島(通称、萩大島)で、10隻の船からなる巻き網漁船団が、日本の水産業を復活するべく新しい試みに取り組んでいる。「50年後の島の元気な存続と、美しい日本食文化を未来に継承します」との目標を掲げた「萩大島船団丸」、そして株式会社「GHIBLI(ギブリ)」の代表を務めるのは、坪内知佳さん。親子ほど年齢の違う"荒くれ漁師"を束ねる、若き女性リーダーだ。


chiho_hagi_20180416_thum_02.jpg


「萩大島には豊かな自然と古きよき日本の文化が残っています。コンビニもなければインフラも整備されていない。傍から見れば時代の流れから取り残されているような島です。でも、『5軒組』と呼ばれる隣近所で協力し合う制度が機能するなど、日本が失ってきたものがたくさん残っている。高齢化、過疎化といった今、日本の地方都市が抱える諸問題を考えると、実はすごく豊かなんじゃないか? そうした地方に残る豊かな自然や文化を再度移植して、日本の活性化を図っていくことが『地方創生』ではないか? 個人的には『地方再生』という言い方の方が好きですが、安倍総理が『地方創生』を掲げる前から、ずっとそう考えてきました」(坪内さん)。


1986年、福井県生まれの31歳。結婚を機に山口県に移住。子どもを授かったものの、ほどなく離婚を経験する。もちろん漁業の経験はなく、魚に関しても萩大島の看板魚、アジ・サバの区別もつかなかったほど。当時24歳だった彼女は、萩で多くの人情に助けられた。後に縁あって渡った萩大島では、疲れた心を自然の力に癒された。


「県外出身者だから気づけたことも多いと思います。いい意味で、部外者の目から何とかできないかと思いました。"でもちょっと待てよ、何もないと思っていても、実はすごく豊かなんじゃない?"と視点を切り替えさせることが、最初のうちは大事なのかもしれません」(坪内さん)。


chiho_hagi_20180416_03.jpg


「豊かな自然と古きよき文化」。萩を観光するなら、これからの季節が最適だろう。萩の名産である夏みかんの季節であり、江戸時代から残る白壁と日本海の青のコントラストがなんとも清々しい。海の幸も豊富で、山口県のブランド魚である瀬つきアジをはじめ、真サバ、ケンザキイカ、アマダイ、フグ、ウニなどが有名。8㎞沖に大島を望む「道の駅しーまーと」では、瀬付きアジが主役の「萩・瀬付きあじ祭り」や「萩・しろうお祭り」など季節ごとのイベントも充実しており、取材当日も「萩・真ふぐ祭り」が開催され、県内外の客で賑わっていた。


松下村塾を主宰した吉田松陰、幕末の風雲児・高杉晋作、初代内閣総理大臣を務めた伊藤博文、維新の三傑と詠われた木戸孝允(桂小五郎)ら幕末の志士を輩出した土地柄だけに、松陰神社や神社内にある松下村塾、高杉誕生地、木戸や伊藤の旧宅、白壁の続く菊屋横丁など、数多くの歴史的建造物も現存。


2015年にはNHK大河ドラマ「花燃ゆ」の舞台にもなり、同年には、萩反射炉、恵美須ヶ鼻造船所跡、大板山たたら製鉄遺跡といった日本の近代化の夜明けを支えた建造物が世界遺産(明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業)に登録され、盛り上がりを見せる萩市。


今年は、明治維新150年...。歴史の息吹を間近に感じられるこの土地で、まさに今、新たな歴史を作ろうとしている女性が、坪内さんだった。



軋轢は覚悟の上!漁師が直接やらないと本当の意味での6次産業化ではない


萩市の人口はおおよそ3万8000人。この5年間で1割もの人口が減っている(2017年3月現在)。漁業を中心に成り立っている人口700人ほどの大島もまた、5年で100人以上もの島民が減少。国内での魚の消費量の激減や水揚げ高の減少、島民の高齢化、過疎化によって危機的状況にあり、まさに衰退の一途を辿っていた。


「今までのように魚が獲れなくなり、さらには魚を食べる人が減って安価でしか売れない。それなのに燃料費だけは高騰し、資材費がかさむ上に跡継ぎもいない...。課題は見えているのに処方箋がない状態」(坪内さん)。


chiho_hagi_20180416_04.jpg


そこで、生き残りをかけた漁師たちが考えたアイデアは、萩の品質の高いブランド魚を、直接顧客に届ける「6次産業化」だった。ちなみに「6次産業」とは、生産者が生産だけではなく、製造・加工(第2次産業)や流通・販売(第3次産業)までを一貫して行い、所得を上げようという施策だ。


農林水産省に申請するためには書類作成が必要。インターネットはおろかパソコンも繋げられない萩の漁師の中には、行政に提出する書類を作成できる者がいなかった。その時、漁師たちを仕切る長岡秀洋さんの頭の中に、ある人物が思い浮かぶ。萩の翻訳事務所でコンサルタントの仕事をしていた坪内さんだ。


chiho_hagi_20180416_05.jpg


「とある宴会で長岡と出会い、最初はコンサルという立ち位置で依頼を受けて、6次産業化の事業計画を書きました。アジやサバなど獲れたての魚を、直接飲食店などに卸す「鮮魚BOX」。漁師が船の上でつくった高級干物「船上一夜干し」と「寒風一夜干し」の製造・販売計画書です。1年間は魚について、萩と萩大島の漁業についてリサーチし、漁業再生を目指そうと考えました」(坪内さん)。


chiho_hagi_20180416_06.jpg


2010年、3船団からなる「萩大島船団丸」を結成した坪内さんは、その翌年、代表に就任する。幸運にも「6次産業化法」と呼ばれる「地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等及び地域の農林水産物の利用促進に関する法律」が試行されたのが、同じ2011年。ちっぽけな島の漁師の想いから始まり、坪内さんが仕上げた事業計画は、中国・四国地方で国が認定する「第6次産業化法」の認定事業者第1号となる。


chiho_hagi_20180416_07.jpg


「きっかけこそ『漁業だけじゃ食えんようになると思う』、『何かやりたいんやけど、どうしていいかわからん』という漁師たちの声からスタートした萩大島船団丸でしたが、漁師を取り巻く実情を知るうちに、このままでは50年どころか、もっと近い将来、日本の漁業は立ち行かなくなる。誰かがやらないと衰退し、消滅する。"ならば私がやろう!"と思いました。萩にはもともと"瀬付きアジ"などのブランド魚があります。1次産業であっても価値あるものは相応の価格で出荷したい。今こそ漁業の6次産業化が必要だと強く思いました」(坪内さん)。


これまで萩漁港はすべて一元出荷だった。漁師が徹夜し命がけで収穫した良質な魚も、漁協を通す過程で安値で売られてしまうことが度々あった。目指すは流通の簡略化を図り、魚の単価を上げること。漁獲量が減っても高い収益を得ることだ。


「私がまずやるべきことは、何を置いても顧客を開拓すること。大阪は北新地の飲食店を中心に飛び込みで営業をかけました。まずは客としてお店に入る。話しかけられたら『実は私、魚屋なんです』と本題を切り出す。おかげで10㎏ほど太ってしまいましたが、少しずつ新規開拓店が増えていきました」(坪内さん)。


chiho_hagi_20180416_08.jpg


朝9時に子どもを24時間保育に預けるや、すぐさま山口から新幹線で大阪に...。午後からアポを入れて商談を開始。商談ごとの食事をトイレで吐き戻しながら、夜まで3~4件を回った。一方で、漁師たちとは方針の違いでケンカ。排他的な漁師集団の中によそ者の若い女性が入ってきて、ベテラン漁師を容赦なく叱責。軋轢が起きないわけがない。先の長岡さんとは、つかみ合いのケンカになることも珍しくなかった。


「軋轢は覚悟していました。でも、漁師が直接やらないと本当の意味での6次産業化ではないんです」(坪内さん)。


慣れない客商売や事務仕事に疲れ、時に顧客と言い合いになる漁師たち。「覚悟していた」とはいえ、相次ぐトラブルに5台持った携帯電話は鳴りやまない。そんな中、販売を丸投げしていた長岡さんたち「萩大島船団丸」の漁師は、坪内さんが飛び込み営業を続け、半年で新規20店を開拓した事実を知る。陰で"小娘が!"と揶揄していた坪内代表が、萩の魚の"品質の高さ""「新鮮さ"という地域資源の本質を見出し、自分たちでは成し得なかった販路開拓を行っていた...。冒頭では「荒くれ漁師」と書いたが、根は優しく純粋だ。それからの坪内さんは、漁師たちの信頼を集め、やがて絆を深めていった。


そこまで激しくぶつかるのは、坪内さんも漁師たちも漁業の未来を真剣に考えているからだ。ほかにも旧態依然とした漁協(=市場)との衝突や、男社会に立ちはだかる壁、言われなき中傷と、数知れない危機が彼女を襲う。多くの危機を乗り越えられたのは、「萩の魚が日本一」という誇り。そして、「萩の海はこのままじゃいけない」という強い意志があればこそ。彼女は今日まで、「萩、そして日本の漁業の存続のために...」という強い信念を持って走り続けている。


chiho_hagi_20180416_09.jpg


後編では、坪内さんがもたらした萩大島の漁師たちの変化、そして「萩大島船団丸」の次なる野望を紐解く。


萩大島船団丸
日本で一番美味しく、新鮮なお魚販売を目指す


朝の散歩道
厳選いい宿
虎ノ門市場
昼めし旅
出没!アド街ック天国
博多華丸のもらい酒みなと旅2
ローカル路線バス乗り継ぎの旅Z


テレビ東京では、これらの番組や「テレ東プラス」の連載【日本を知る】を通して、今後もさまざまな日本の姿をお伝えします。

16919

関連タグ

この記事を共有する

番組タグ

関連記事

カテゴリ一覧