• #
  • トップ
  • トラベル
  • 日本を知る、地域を考える@山口県萩市大島:小さな島が生んだビ...

トラベル

テレ東

2018.4.26

日本を知る、地域を考える@山口県萩市大島:小さな島が生んだビジネスモデル ~廃れつつある日本の水産業は変わるのか?~ 後編

日本を知る、地域を考える

山口県萩市大島が生んだビジネスモデル ~廃れつつある日本の水産業は変わるのか?~ 後編

chiho_hagi_20180425_01.jpg


2014年秋、第2次安倍改造内閣発足と同日の閣議決定によって「まち・ひと・しごと創生本部」が設置された。しかし、「一億総活躍社会」や「働き方改革」、「人づくり革命」などの新しいキーワードが次々と打ち出される一方、ニュース等で語られることすら減ってきている「地方創生」。


強い意思と構想、熱情から始まった取り組みや、全国で話題を集める地方発のヒット商品などを生み出す成功企業もある。ある優れた人物の想いや事業が新たな未来を拓き、地域に根差す企業や住民たちをリードすることもあるだろう。本企画では、そんな各地方の"先駆者"や"成功者"に地域の魅力と問題点、地域経済も含めて今後をどう見ているかを聞く。


今の私がわかっているのは"ひたすら走り続けなきゃならない!"ということだけ


訪れたのは山口県・萩大島。人口700人ほどのこの島は、この5年間で100人以上もの島民が減少している。山口県萩市からフェリーで25分ほど。北長門海岸国定公園の中央に位置する大島(通称・萩大島)で、10隻の船からなる巻き網漁船団「萩大島船団丸」が、日本の水産業を復活するべく、新しい試みに取り組んでいる。


「50年後の島の元気な存続と、美しい日本食文化を未来に継承します」との目標を掲げた「萩大島船団丸」、そして株式会社「GHIBLI(ギブリ)」の代表を務めるのは、坪内知佳さん。島に住む荒くれ漁師たちを一挙に束ねる若き女性リーダーだ。


chiho_hagi_20180425_02.jpg


ピーク時に25万tもあった山口県全体の漁業生産量は30年間で3万tにまで減り、萩大島の網漁船もピーク時の3分の2の水揚げ高に。全国に目を向けると、1984年に1284万tもあった漁業生産量が2105年には469万tに激減している(2016年度、水産庁「平成28年度水産の動向」)。喜んでばかりはいられない。とりわけ、巻き網漁など沖合漁業の減少が深刻だ。


「そこからわずか3年ほどで萩の水揚げ高は、さらに75%減。そうした中、うち(萩大島船団丸)の水揚げ高はほとんど変わらず、横這いの状態。ですから『どう活性したのか?』と問われると、何も変わっていないとしか言えません。その何も変わっていないところを"伸びた"と取ってもらえるのか、"変わってない"と取られるのかはわからない。今の私がわかっているのは、"ひたすら走り続けなきゃならない!"ということだけです」(坪内さん)。


北は北海道から南は九州まで...文字通り、東奔西走。近年は海外への出張も増え、家に帰れる日は、月に半分ほど。多忙を極める中、できる限り子どもとも触れ合い、講演会に執筆、取材、テレビ出演もこなす。


chiho_hagi_20180425_03.jpg


「移動が多く、仕事に没頭できる時間は1日に2~3時間程度。その限られた時間を4時間、6時間にすることを意識しています。さらには8時間、12時間にすると、人の2倍、3倍生きたことになる。だから商談は1時間でまとめる、何か判断する時も1時間で決める。小学生の頃からそうでした。中学校に上がる頃には、手の甲に油性マジックで今日やるべきことを書いて、やり終えたら消して、できなかったことは翌日トライする。でも今は、"忘れることは大したことではないからご縁のないことだ"と思うようにしています。それでなくとも時間が足りないので」(坪内さん)。



50年先より今日明日のことしか考えない人が多過ぎる


奇跡的に治癒したものの、学生時代に悪性リンパ腫と診断され、「余命半年」と告げられた衝撃的な経験。その後の人生に大きく影響を及ぼした"生きている"ことへの価値観の変化...。下手なドラマ顔負けの波乱の人生と「萩大島船団丸」立ち上げからの悲喜こもごもは、昨秋上梓された『荒くれ漁師をたばねる力 ド素人だった24歳の主婦が業界に革命を起こした話』(朝日新聞出版社)に詳しく書かれている。


取材当日も、よく言えば誰よりも活動的に...悪く言えば、せわしなく動き回る。坪内さんを突き動かすものは"焦りと危機感"だ。漁業の衰退どころか、もはや萩大島や萩市が消滅する一歩手前。「立ち止まっている暇などない」と、強い口調で警鐘を鳴らす。


「萩市の基幹産業は水産業と観光で、関連会社などを含めれば市の収入の大半か、それ以上を担っています。萩大島船団丸が行っている巻き網漁は、萩の市場の半分以上を占めている。うちが倒産すると、その分の萩市の財源が消失するということになります」(坪内さん)。


chiho_hagi_20180425_04.jpg


もしもそうなったら、島や市が存続し得るのか――。


「答えはないですよね。それをわかっていない人、わかろうとしない人が多い。50年先より今日明日のことしか考えない人が多過ぎる。萩市に限らず、地方が今、危機的状況にあるにも関わらず"わからない"で済ませる人が多いですよね。今の日本が置かれている状況はこうなのだから、もう"わからない"では許されない。みんながわかる努力をしなければいけないし、しない人が多いから地方都市は衰退していく。『誰かがやってくれるだろう』と傍観していては、何も変わらないんです」(坪内さん)。


彼女がよく使う例えに「歯車」がある。つまりは、人は皆、色や形、サイズ、立ち位置も違う歯車であり、自分の歯車の色や形、サイズは変えられない。1人で頑張っていても何も動かせない。そんな時、ほかの歯車と噛み合えば何かが動き出すかもしれないと...。


「1人1人が自分の与えられたポジションで、自分の役割を100%果たす生き方をしなければいけない。自分は女だから、年寄りだから、学歴がないから...。歯車の色や形、サイズを言い訳にして動かない人が多過ぎると思います。大事なのは、どんなに小さな歯車でも動きを止めないこと」(坪内さん)。


chiho_hagi_20180425_05.jpg


2014年、さらなる事業拡大のために、鮮魚販売部門、旅行部門、環境部門、コンサルティング部門という4つの事業部を増やし、「株式会社GHIBLI(ギブリ)」を設立したのはそのためだ。漁業だけではいつか限界を迎える日が来るかもしれない。稼業的だった漁業を企業に進化させる。未来に向けた布石が打たれた。


「6次産業化に取り組みはじめて8年。消費地からは見えない海、漁場で漁師がどのように魚を獲っているのか、漁場は今、どんな環境なのかを少しでも知っていただきたいとスタディーツアーを始めました。昨年、一昨年は数百名のお客様に来て頂きました。そして今度は『民泊をやりたい』との声が出てきた。いわゆる"漁師民宿"ですね」(坪内さん)。


漁師が漁に出るのは、365日中60日から70日ほど。悪天候などの影響もあるが、「海の資源を守るため」というのが大きな理由だ。1回の漁獲量が減っているため、収入が安定していない漁師たち...。これ以上漁業離れを進めないためには、新しい形で漁師の仕事を作らなければならない。


「漁師の方から提案が出てきたことが大きな変化。行動原理が変わってきたところが大きな進歩だと思います。ガラケーしか持たない、まともに言葉も交わさない漁師たちが、獲れた魚の写真を船上で撮影し、無料通話アプリ「LINE」で送るためにスマホを持ち、話に耳を傾けてくれるようなって、事務作業ができるようになった。今度は新しい何かを始めようとするまでに変化したのです」(坪内さん)。


chiho_hagi_20180425_06.jpg


「人は変わる」。「地方創生」...もとい「地方再生」において、ここが一番難しく、何よりも重要な課題ではないか。


「そうだと思います。一人一人の意識が変わらないと意味がない」(坪内さん)。


そうした中、萩大島では「自分の船を持って、次世代の漁業を担っていきたい」とビジョンを語る若い世代も増えてきた。かつて"50年先には消滅する"と言われた島の未来に希望を見出したからだ。


chiho_hagi_20180425_07.jpg


「Iターンを受け入れ、2年選手、3年選手も増えてきました。その子たちの中には大卒もいれば帰国子女もいる。奥さんもできて一緒に移住してきて、大島で子どもが生まれたりしています。そうした様子を見た若い子が、それまでの仕事を辞めてうちに来る。その子たちが競って『この船団の次世代を担う』と言い出していることが何よりも嬉しい!」(坪内さん)。


現在は「鮮魚BOX」の販売に限らず、漁業の6次産業化に関わる他地域へのコンサルティングなど事業の幅を多角的に広げている。さらなる島の未来のために、日本の水産業の未来のために...。


「今うちの漁師には、"求めるではなく与えられる、発信できるモーターになってほしい"と言っています。漁師たちが獲った魚を、一番高く、納得のできる相手に売る。そのために高付加価値化に取り組む。消滅の可能性がある全国の浜に、うちのビジネスモデルを届けてほしいと。そして行った先々の漁師が、うちの漁師たちの熱量を感じて『萩大島には負けない』と少しずつ変わっていく。0.1mm、0.01mmずつでもいいから変わっていくことで、昔のように水産業が元気になればいいなと思います」(坪内さん)。


chiho_hagi_20180425_08.jpg


地方を元気づけるのは「よそ者、若者、ばか者」とよく言われる。坪内さんはまさに、その土地の本当の価値を客観的に見ることができる"よそ者"の代表格だ。いい意味で怖い者知らず。そして若さゆえのバイタリティがある。"ばか者"と言うと少々語弊があるが、「普通はこうだ」「前例にないから...」という、地方にありがちの"ことなかれな壁"を打ち破る突破力がある。


「"普通って何なの?"って。その普通ではもうダメだから、漁業がガタガタになってるんじゃない!」「そもそも地方創生に、中央が上も地方が下もない」「みんな腹をくくるしかないでしょう?」。


取材前日、食事をしながら話を聞いた際、矢継ぎ早にこう吠える坪内さんは、実に勇ましかった。


chiho_hagi_20180425_09.jpg


思えば萩は、幕末の志士を生んだ街だ。明治維新から150年。ここ萩大島の成功を機に、日本の水産業が変わる。ひいては日本全体が変わるかもしれない。そんな予感と期待に胸が躍る取材だった。


朝の散歩道
厳選いい宿
虎ノ門市場
昼めし旅
出没!アド街ック天国
博多華丸のもらい酒みなと旅2
ローカル路線バス乗り継ぎの旅Z


テレビ東京では、これらの番組や「テレ東プラス」の連載【日本を知る】を通して、今後もさまざまな日本の姿をお伝えします。



【番外編】 最後に、萩観光の魅力をあますことなく紹介



萩反射炉


chiho_hagi_20180425_10.JPG


西洋式の鉄製大砲鋳造を目指した萩藩が、安政3年(1856年)に建設した反射炉の遺跡。反射炉の遺構が現存するのは、静岡県伊豆の国市の韮山反射炉と鹿児島市の旧集成館、萩市の3ヶ所のみ。



恵美須ヶ鼻造船所跡


chiho_hagi_20180425_11.JPG


萩藩が安政3年(1856年)に設けた造船所の遺跡で、幕末に萩藩最初の洋式軍艦「丙辰丸(へいしんまる)」、「庚申丸(こうしんまる)」という2隻の西洋式帆船を建造。


大板山たたら製鉄遺跡


chiho_hagi_20180425_12.JPG


日本の伝統的な製鉄方法であるたたら製鉄の遺跡。たたら製鉄は、鉄の原料である砂鉄と燃料の木炭を炉に入れ、鞴(ふいご)を用いて行われていた。



松陰神社、松下村塾、吉田松陰幽囚ノ旧宅


chiho_hagi_20180425_13.JPG


松陰神社境内には、幕末の志士を数多く輩出した松下村塾や、文をはじめ杉家の家族が暮らした吉田松陰幽囚ノ旧宅(杉家旧宅)などがある。



菊屋家住宅


chiho_hagi_20180425_14.JPG


萩藩の御用商人を務めていた菊屋家。菊屋家の土塀が続く道は「菊屋横町」とよばれ、白壁となまこ壁の美しい通りで"日本の道百選"に選ばれている。



笠山椿群生林


chiho_hagi_20180425_15.JPG


おおよそ10haにわたり2万千本のヤブツバキが自生。例年2月~3月にかけて「萩・椿まつり」が開催される。

16919

この記事を共有する

関連記事

関連タグ

カテゴリ一覧