師任堂について

韓流プレミア 師任堂(サイムダン)、色の日記

師任堂サイムダン
~封建社会の中で仕事と家庭を両立させた伝説の女性~

韓国で2009年に登場した5万ウォン札には、朝鮮時代の女流書画家であり、良妻賢母の象徴として名高い師任堂の肖像が採用された。女性初の快挙であり、同時に代表作「墨葡萄図」「草虫図繍屏」も背景として使われている。

師任堂は1504年、5人姉妹の次女として生まれ、幼い頃から書画に豊かな才能を発揮した。18歳で結婚してからは、夫を科挙に合格させるため別居もいとわず、7人の子どもには自ら学問を教えるほど教育熱心だった。そのなかで、3男の李珥(イ・イ)は後に「東方の聖人」と称される儒学者に成長する。1972年には、母より37年も早く5千ウォン札の肖像画にも採用された。ちなみに2006年にデザインが刷新され、裏面の背景画が師任堂の「草虫図」に変更された。師任堂は結婚後も家事や子育てのかたわら、創作活動に打ち込み、夫や姑もそんな彼女を応援したという。

物語を彩るキーワード

「比翼鳥 ~ 二羽一体となって飛ぶ鳥」
想いが通じ合い、幸せな日々を送る 師任堂 はギョムに比翼の鳥を象った印形を贈る。比翼の鳥とは中国の想像上の鳥で、雌雄がともに目と翼を一つずつしか持たないため、必ずつがいで一体となって飛ぶという。このことから仲睦まじい夫婦のことを例えている。
もう一方の比翼の鳥の印形は婚礼の日、ギョムから贈られることになっていた。

金剛山クムガンサン ~ 一生に一度は行ってみたい山」
朝鮮半島の景勝地として名高い金剛山は、北朝鮮の江原道に位置し、韓国と北朝鮮の東西にまたがる太白山脈に属している。古くから信仰の山として愛され、金剛山という名も華厳経から取られたといわれる。朝鮮半島には「金剛山も食後の見物」という有名なことわざがあり、これは「どれほど素晴らしい景色でもまずは腹を満たしてから」という意味だが、その素晴らしい景色の代表が金剛山ということになる。

「朝鮮第11代王・中宗」
先代、燕山君の暴政を阻止するために起こった臣下たちのクーデター「中宗反正」(チュンジョンパンジョン)によって、中宗は期せずして王座に上る。クーデターを推進した勲旧派(フングパ)勢力の朴元宗(パク・ウォンジョン)らに主導権を握られたままの即位であり、中宗は存在感を示すことができずにいた。だが、1510年に朴元宗が死去したことで、反対勢力であった士林派(サリムパ)の趙光祖(チョ・グァンジョ)を登用、改革に乗り出すことに成功する。ところが朝廷の勢力争いはその後も新たな対立を呼び、1519年の「己卯士禍」(キミョサファ)によって趙光祖が失脚すると、さらに混乱を極めることとなる。


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師任堂とは?