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2005年06月05日放送
日本列島・絶景花畑!!満開に夢をかけた家族たち
ラベンダー、ひまわり、コスモスにチューリップ・・・日本列島の絶景花畑を一挙公開!花畑ができるまでの家族の様々な苦労と喜びを長期密着取材によってえがく2時間。

カタクリは村の宝 日本一のカタクリの郷 秋田県西木村<リポーター 左 時枝> 田沢湖の西側に位置する秋田県西木村は、日本一のカタクリの郷。春、紫色のカタクリの花の咲く時期になると、車窓から一面に広がる花が望める。カタクリは8年かけてようやく花を咲かせる。しかし人に踏まれたり手荒に扱うと、もう花をつけることはできない、非常に繊細な花である。
以前は観光客など来るような村ではなかったが、写真家や数少ない観光客の口コミによって、いつしかこの一面に広がるカタクリ畑は人々が押し寄せる観光地になった。
それまで「咲いていて当たり前」だった西木村の人々にとっては、驚きでもあり、また、自分たちの村のすばらしさに気づかされたという。
今では、見ごろになると村全体が一丸となって観光客を迎え入れるようになった。村全体で力を合わせて、日本一のカタクリを守っている。 200万本のコスモス畑に咲いた夫婦の夢 群馬県中之条町<リポーター 深沢邦之(Take2)> 群馬県中之条町の沢渡温泉近く、200万本のコスモスが楽しめる「大岩フラワーガーデン」がある。いつかは田舎で暮らしたいと思っていた飛世さん夫妻は、銀婚式の記念に草津を訪れる途中この地とめぐり合い、ここに花畑を作りたいと直感したという。農業経験はなかったが、仕事を辞め全財産をかけて荒れた土地の開拓作業に励んだ。1.5ヘクタールの雑草だらけの荒れた土地の草を刈り、ガンコな根を取り除く日々。頑張る夫妻の姿を見て、近所の人も次第に応援してくれるようになった。雑草のなくなった畑にコスモスの種をまき、苦労の末、2001年10月2日にコスモス畑をオープンさせた。今では約6ヘクタールのコスモス畑を次男を加えた3人で営む。コスモスを育てる中で一番やっかいなのが雑草取り。毎日やっても一人一列やっとの重労働。作業後には、近くの温泉に入って心地よい汗を流し、これからの夢を語る・・・。 赤いチューリップ花嫁が幸せを運んでくれた 新潟県中条町 新潟県下越地方の中条町は、作付面積が日本一のチューリップ生産地。冬の湿度が保たれ、気温変動も少ない降雪地帯という気候、そして水はけのよい砂丘地なのがチューリップ栽培に好条件だった。
川上さん一家は3代続く専業農家。7年前に亡くなった祖父はたばこを栽培していたが、父栄作さんの代からチューリップ栽培を始め、母広子さんとの結婚の際は、チューリップ栽培の創始者がお祝いに4万個の球根をもたせてくれたという。今では、120万本のチューリップを栽培し、86歳の祖母も重要な労働力となっている。桜が満開になるころ、川上さん一家の農繁期が始まる。花が咲き始めると一週間も待たずに「花摘み」をして球根を作る。毎年一週間だけの真っ赤なチューリップ畑。品種は「イルデー・フランス」と「ベンバン・ザンテン」。鮮やかな赤が特徴で、チューリップ畑が赤絨毯のようになる。 ひまわりが広げた元気の輪 宮城県丸森町<リポーター 芳本美代子> 宮城県丸森町の“ひまわりおじさん”こと斉藤重信さん。丸森町に生まれ育った斉藤さんは、郵便局を退職後、体調を崩し入院生活を送っていた。そんな矢先、病室の窓越しに咲くひまわりを目にした。覇気のない日々を送っていた斉藤さんにとって、ひまわりとの出会いが活力となった。「町の子どもたちにもこの思いを届けたい!」以来、斉藤さんは町の活性化のため、子どもたちのため、夏の間は生活のほとんどをひまわりに捧げている。
斉藤さんは牧草が育たず畑を使わない夏から秋の間、酪農家から土地を借り、畑に漉き込む肥沃用のひまわりを育てている。花を咲かせるようになってから3年、ひまわりの世話を手伝う仲間も増え、「ひまわりクラブ」も発足した。昨年9月のひまわり畑のオープン日に小学校の全校生徒を招待。50万本が元気に咲き乱れるひまわり畑は、今では町に欠かせない夏の景色となっている。 ラベンダーに賭けた50年北の大地に奇跡が起きた 北海道中富良野町<リポーター 中嶋朋子> 北海道・富良野の夏を薄紫に染めるラベンダー。「ファーム富田」の富田忠雄さんは、この地で50年ラベンダーを育んできた人物だ。
1953年の夏、二十歳を過ぎたばかりの富田さんは農業視察で出会ったラベンダー畑に一目惚れする。香水を作るための花だと教わり、農業の神秘に衝撃を受ける富田さん。5年後には念願叶って自らもラベンダー栽培を始めた。70年代初頭、エッセンシャルオイルの原料として富良野のラベンダー農家は活気に溢れていた。しかし合成香料と輸入香料に押され、富良野産オイルは寂れてしまう。周囲が次々と転作していく中、富田さんはラベンダー畑をどうしても潰せなかった。
そして当時国鉄カレンダーに掲載された写真がきっかけで、カメラマンたちが農場を訪れ始める。富良野のラベンダーが全国的に知られるようになり、富田さんは勇気づけられた。
ラベンダー製品の開発にも富田さんは力を注いだ。こだわりは香り、富良野の自然のイメージだ。オイルやドライフラワーに最適な状態で花を収穫できる特別な畑もある。
北の長い冬を耐え、雪解けの頃にラベンダー畑の手入れが始まる。そして初夏、満開のラベンダーを目にする時の感動は、毎年変わらないと富田さんは語る。 日本一の菜の花畑を守る人々 青森県横浜町<リポーター 川野太郎> 見渡す限りの黄色い花畑、青森県横浜町では昭和30年頃から換金作物としての菜の花産業が盛んである。観賞だけでなく、お浸しや天麩羅、汁物、そしてナタネ油など菜の花の楽しみ方は多彩だ。
年に一度の「夜観菜会」は、夜の菜の花をライトアップして、花をふんだんに使った料理や酒を楽しむ集い。助成金の関係で減ってしまうかもしれないという菜の花。日本一の菜の花畑を守るために、町の人は様々な活動をしている。 桜を愛する男、全国の桜名所巡りの旅 仕事の合間を見つけては、桜の撮影に出掛けていた竹腰治見さん。定年後はキャンピングカーを購入、全国の桜を撮り歩く旅をしているという。
幼少時代を過ごしたという岐阜・瑞浪市の稲荷神社の桜。足を伸ばして東京の井の頭公園、青梅市では金剛寺と岩梅寺のシダレ桜を撮影する。さらに北上、茨城県の真鍋小学校、長野・高遠市の高遠城址、福島・三春町の三春の滝桜を巡る。