日曜ビッグバラエティ

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2010年6月13日放送
「やり直し人生列伝」
「自分の憧れの仕事をして暮らしたい」思った事があっても、現実は企業で働いている人達がほとんど。しかし、中にはいた。地位も名誉も捨て、第二の人生に挑戦する人達が。

■番組内容 「自分の好きな仕事をしたい」「自分の憧れの仕事をして暮らしたい」誰でも一度や二度は思った事があるもの。しかし、現実を見れば家庭の為「そんな事は出来るはずも無い」と背広やネクタイに身を包み、企業で働いている人達がほとんど。しかし、中にはいる。「人生これでいいのか?収入が減っても、もっと自分の好きな人生を叶えたい!」地位も名誉も捨ててまで、第二の人生にかけている人達の夢を叶えた仕事や生き方を紹介する。 ■番組詳細
土と共に生きたい 元エリート官僚の農家
夫の関元弘さんは大学卒業後、農林水産省に入省。妻の奈央子さんは同期入省。公務員生活は家と職場の往復、ほとんど終電の生活だった。ある日元弘さんは交流人事で旧東和町(現二本松市)の役場に行くことになり、それまでただの憧れだった農業の面白さや、田舎の人の温かさを肌で感じ、「人間の原点ともいえる農業をやりたい」「土と共に行きたい」という夢を実現する気持ちが強くなった。入省から6年、基弘さんが愚痴をこぼすと奥さんから「早くやめなさい!何をグズグズ言っているの!」との強烈な一言で2003年きっぱり退職。2006年9月交流人事できた現在の地で農家をすることとなった。農水省時の年収は2人で1000万だったが現在は300万程度。回りの先輩農家の方々に教わりながらも、楽しい生活を暮らしている。
年収1000万の住宅メーカー敏腕営業マンから漁師 大学卒業後、住宅メーカーの敏腕営業マンとして年収は1000万円を超だった河西信明さん。小さい頃から釣りが趣味だった河西さんは、心の奥底にずっと“漁師になりたい”という思いがあった。そして30歳の時、偶然インターネットで見つけた鳥取県の漁業体験の案内が人生を変えるキッカケとなった。この体験で魚を捕る醍醐味、自然と向き合う仕事の感動を覚えた河西さんは新人でも船がもてるように資金援助をしてくれる鳥取へ大阪から移住。中でも一番の難関は、当時交際していた今の妻。「俺、鳥取で漁師になりたいんだけど、一緒に来るか?」の言葉に眉間にシワを寄せながら「は?なんの為に?わけわからん」と一蹴。それでも「一緒について来てほしい」というプロポーズで2002年、32歳の時に結婚と同時に鳥取県へ移住。自分の船「弁慶丸」は2年間の研修終了後(漁師3年目)に購入。新船で金額2000万円だったが、鳥取県が2/3を負担する制度で、河西さんの負担はおよそ700万。それを毎月7~8万円づつ返済中。甲イカの籠漁(=仕掛けを引き揚げる漁)カワハギ漁(籠漁)をしている。6月からは底曳き漁が解禁。将来の夢について「“漁師=魚を獲って来るだけの人”という発想を超えて、様々な情報やサービスを提供できる新しい漁師像を作り上げたい」とし、2年ほど前からインターネットを通じて獲った魚介類を全国販売している。
小学校校長先生から紙芝居師に転身 地元卒業後、神奈川県教員採用試験に合格。三浦市の小学校で4年間勤め、その後大阪府所属となり、枚方市の小学校を中心に勤め、後半は教頭、そして校長を務めた。紙芝居師への夢を持ったのは20年程前。2009年4月退職し、昨年5月から、芸歴37年のプロ紙芝居師で、大阪府能勢町在住の安野侑志さん(65歳)に弟子入り。2カ月間みっちりと叩き込まれた。現在、大学、小学校、幼稚園、保育園、福祉施設、お寺などが主な活動場所。お客さんの年代に合わせたストーリーを選び披露している。当初反対していた奥さんは、時間の許す限り助手として一緒に回り、せんべいに挟んだ水あめや型抜きを販売している。教員時代の最高年収800万円(退職時は700万円)から年収200万円弱に減少したが、全く後悔はしていない。師匠は年収1500万円。それに追いつけるとは思えないが、少しでも近づけるのが夢。

ほか、大企業エンジニアからカフェレストランオープン
音響メーカーから津軽三味線弾き語りに転身
異色の転身 市役所職員から耳かき創作職人

など。