JAPAN☆ALL STARS 認定者リスト

2009.4 過去の放送はこちら:
4/24 :: 寒川 賢治(かんがわ けんじ) 世界を驚愕させた天才ホルモンハンター!
国立循環器病センター研究所所長・寒川賢治。寒川は、世界が認めるホルモン研究の権威。
一般的に科学者は人生において、未知のホルモン物質を1つ発見できればよい程度だと言われるが、寒川は40種類以上のホルモンを発見してきた。そのため寒川は「ホルモンハンター」の異名を持つ。
寒川の発見で、世界の注目を集めたのが「グレリン」というホルモン。食欲の増進や筋肉増強など、様々な機能を持つ「グレリン」。当初、世界の科学者は脳から分泌されるものと考え、探索していた。しかし寒川はその常識を覆し、胃からこのホルモンを発見した。トムソン・ロイターでは「論文の被引用回数の多い学者」ランキング第1位に選ばれるなど、将来のノーベル賞をとる可能性のある科学者である。
4/24 :: 田邊 小竹(たなべ しょうちく) 世界の大富豪も御用達、竹工芸アーティスト
120年の歴史を持つ老舗竹細工の一家に生まれた4代目・田邊小竹。初代の田邊竹雲斎は、大正天皇に作品を献上し、竹工芸を美術品として世に知らしめた人物でもある。
小竹が作るのは、伝統的な竹工芸ではなく、まるで彫刻を思わせるかのような大小様々なアート作品である。竹工芸を芸術の域にまで高めた、小竹の作品は世界的な評価を受け、フィラデルフィア美術館、ボストン美術館をはじめ、大英博物館でも展示されている。そんな小竹の作品に魅了され、世界のセレブが買い求める。
4/24 :: 荻村 伊智朗(おぎむら いちろう) 卓球で国と国を結びつけた日本人
卓球選手として生涯で12個の金メダルを獲得した荻村。その記録は今でも日本人最多である。1950年代、当時ヨーロッパでは第2次世界大戦の敵国・日本に対して、反日感情が根強く残り、国際大会では日本チームに対するブーイングなどが頻繁に起こっていた。しかし、荻村のある人道的なプレーがきっかけとなり、日本人に対する世界の見方を変えていった。スポーツは人と人の出会い、その信念を持つ荻村は、卓球を通じた国際交流への活動を始める。まだ日本と国交がなかった中国から、荻村は卓球指導の依頼を受け、中国全土を回り、卓球の普及や選手の育成に尽力する。72年の日中国交正常化、田中角栄と周恩来が交わしたこの歴史的な出来事の背景には、荻村伊智朗の功績があったのだ。
4/17 :: 市川 純(いちかわ じゅん) イタリアの映画、テレビドラマで活躍中の女優
2003年、イタリア映画界の巨匠・エルマンノ・オルミ監督の映画の主役に抜擢され、一躍注目を集めた女優。その後、数々の映画や舞台で経験を積み、2009年のテレビドラマ「R.I.S. 5」の中で主役の一人の座を勝ち取り、そのドラマが高視聴率を記録。更なるステップアップを果たした。
一方で、ローマ大学に通い、日本語、イタリア語、英語、フランス語に続き、5ヶ国語目となる中国語を学ぶ才女でもあり、日本やアメリカを始めとした世界進出を視野に、演技力を磨いている。
4/17 :: 五十嵐 健夫(いがらし たけお) 子供の頃の夢を叶える3次元お絵かきソフトを開発
日本最高峰の大学・東京大学の准教授。まだ学生だった頃に、2次元の絵を瞬時に立体化し、3次元になるお絵かきソフト「テディー」を開発。
普通、3次元の絵を制作するには何十時間もかかるところを、「テディー」は絵を描くだけで、その絵を一瞬で立体化に出来るため、老若男女、誰でも簡単に3次元の絵を描くことができる。
世界でも才能が認められ、2006年に世界最高峰のコンピューター・グラフィックス学会であるSIGGRAPHのSignificant New Researcher Award(最優秀新人賞)を、日本人で初めて受賞した。
4/17 :: 井深 八重(いぶか やえ) 日本のマザー・テレサと呼ばれる看護師
10年程前まで、感染力が高く「不治の病」とされ、厳しい差別を受けていたハンセン病。そんなハンセン病患者の看護に尽くした看護師。1897年、会津藩の士族で後に国会議員となる父のもとに生まれ、良家の子女として育つ。順風満帆な人生であったが、22歳の時に「ハンセン病」と診断され、カトリックの宣教師が創設し、ハンセン病患者が治療を受け、生活をしていた神山復生病院へ連れて行かれた。ハンセン病という診断を受け、絶望の淵に立たされていたが、患者のために懸命に尽くす神父の姿や、日一日を懸命に生きる患者たちの姿に心を動かされるようになる。病院に来てから1年後、誤診だと発覚したが、自ら病院にとどまる決意をする。その後、看護師の資格を取得し、調剤をしたり薬を塗ったりなどの治療から、炊事、洗濯など日常生活の雑務も行い、患者のために尽くした。その功績が認められ、1959年にローマ法王ヨハネ23世から十字勲章を、1961年には、看護師最高の栄誉であるフローレンス・ナイチンゲール記章を授与された。
4/3 :: 今井 威(いまい たけし) ブラジルに雨を降らせる男
ブラジル・サンパウロで人工雨を降らしている日系2世、今井威、68歳。
環境に関する数多くの発明家である彼は、サンパウロ州水道局(SABESP)の依頼を受けて、2001年より、人口1700万人の大サンパウロ圏のなんと7割におよぶ水源を確保するために人工的に雨を降らしている。
父の工場で学んだ殺虫剤用噴霧器の知識を生かした噴霧装置により、化学物質を使わない真水による人工雨を降らすという、世界初の試みに成功した。
4/3 :: 中村(なかむら)ひとし 環境都市クリチバを作った男
ブラジルの都市、人口約175万人のクリチバ市は、ブラジル人が住みたい街、No.1! 経済的に非常に難しい状態にありながら、都市環境の改善を低コストで行い、人を中心に計画された。環境に優しい都市として成功をおさめた世界的に数少ない都市。その立役者は当時の市長と、その片腕として活躍したのが日本人の中村ひとし。元環境大臣として、人が住みやすく、エネルギーの浪費が少ない都市に変貌させたその発想の根底には、「自然との調和」という日本文化の伝統的な手法があった。
4/3 :: 山田 幸雄(やまだ ゆきお) 泡でクリーニングに革命を起こした男
クリーニングの常識を覆したクリーニング店、「ナチュラルクリーン」。
マイクロバブルを利用した画期的な泡のクリーニングで業界に革命を起こした。
泡による水洗いで、よりキレイに、より生地を傷めないクリーニングを可能にした。
その技術は世界にも評価され、超有名ブランドと提携をしている。
4/3 :: 小林 六造(こばやし ろくぞう) ピロリ菌研究の礎を築いた男
大正~昭和にかけ、細菌学を研究した医学博士。北里柴三郎の設立した北里研究所の研究員を経て、慶應義塾大学の教授を務めた。
1919年、胃の粘膜に細菌が存在することを論文で発表したが、当時は強酸性の胃に細菌が存在するとは考えられていなかったため、注目されなかった。
しかし2005年、ピロリ菌を発見しノーベル生理学・医学賞を受賞したマーシャル教授が慶應義塾大学を訪れ、小林を「最初に胃の粘膜に細菌がいることを証明した」と讃えた。
4/3 :: コンデ・コマ ブラジルに柔道を伝えた日本人
前田光世(まえだみつよ)は、ブラジルに柔道を伝えた日本人。
コンデ・コマというもう一つの名前を持つ。世界各国を巡り異種格闘技戦を行い、1000戦無敗という伝説を残し、柔道の強さを世界に知らしめた。
またグレイシー一族に柔道を教え、ブラジリアン柔術の誕生にも貢献した。
そして柔道家としては全盛期を越した前田はブラジル・アマゾンを日本民族発展の地と定め、日本人移民を当地に根付かせることのみに人生すべてを賭けた。
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