テレビ東京アニメ公式サイト:あにてれ

登場人物

藤原定家 (CV:梶裕貴)

「百人一首」の撰者。2つの勅撰和歌集の他にも多くの歌集を編纂。日本を代表する歌人である。また、和歌の新しい世界を開き、後世に多大な影響を残した。83番の作者・藤原俊成の息子。

宇都宮頼綱 (CV:下野紘)

鎌倉幕府の武将だったが、出家。歌人としても大変優れた人物である。定家に自分の別荘である山荘の障子を飾る色紙型の制作を依頼する。

在原業平 (CV:諏訪部順一)

六歌仙の一人。平安を代表するプレイボーイとして名高く、奔放で大胆な性格ということもあってか高貴な女性との恋の噂も多い。16番の作者・在原行平の異母弟。

藤原高子 (CV:早見沙織)

清和天皇の女御として入内。3番の作者陽成院の母である。在原業平の恋人として『伊勢物語』にも記されている

在原行平 (CV:遠藤大智)

17番の作者在原業平の異母兄。弟の業平とは異なり真面目で勤勉な性格。中央の要職や地方の国守などを歴任し、大変有能な官吏であった。

弘子 (CV:小林沙苗)

行平の妻

陽成院/貞明 (CV:森久保祥太郎)

第57代天皇。母は藤原高子。生後3ヶ月足らずで立太子、わずか9歳で清和天皇から譲位され帝位に就くも不行跡により17歳で退位させられる。

綏子内親王 (CV:宝木久美)

退位後の陽成院の女御となる。第58代光孝天皇の皇女であり、第59代宇多天皇の妹。釣殿の皇女とも呼ばれた。

僧正遍昭/良岑宗貞 (CV:内田夕夜)

六歌仙の一人。第50代桓武天皇の孫。仁明天皇の寵臣として仕えるも天皇崩御に伴い出家。しかし、その真面目な性格からその後、僧正の職にまで昇る。21番の作者・素性(そせい)法師の父。

小野小町/吉子 (CV:遠藤綾)

六歌仙の唯一の女流歌人。その優れた和歌の才能と美しい容姿から多くの女官中、比類なしとまで言われ、帝の寵愛を受ける。

文屋康秀 (CV:千葉進歩)

六歌仙の一人。終世身分は低かったが、言葉巧みな和歌の才能が認められ歌人として名を残す。37番の作者・文屋朝康の父。

紀貫之 (CV:代永翼)

日本初の勅撰和歌集「古今和歌集」の中心的撰者。また、執筆した「土佐日記」は日本最古の日記文学であり、その後の日本文学の発達に大きな影響を与えた。33番の作者・紀友則の従兄弟。

喜撰法師 (CV:佐藤祐四)

六歌仙の一人。宇治山に隠棲した僧。その詳細は不明である。

大友黒主 (CV:下崎紘史)

六歌仙の一人。「古今和歌集」を始め多くの勅撰和歌集に歌が収録されているが六歌仙の中で唯一、小倉百人一首に選ばれていない。

藤原義孝 (CV:石田彰)

和歌の才能に恵まれ、将来を嘱望されていたが、21歳という若さで早逝。美しく、道心深かったことが『大鏡』『栄花物語』などの逸話から窺われる。45番の作者・藤原伊尹(謙徳公)の息子。

源保光の娘 (CV:潘めぐみ)

義孝の妻であり、藤原行成の母

藤原道隆 (CV:楠大典)

軽口を好み、おおらかで明るい人であったと言われる。一条天皇の関白を務め、後には娘の定子を一条天皇の中宮とし、更なる栄華を誇った。63番の作者・藤原道雅の祖父。

儀同三司母/高階貴子/高内侍 (CV:平田絵里子)

円融天皇の内侍となり、高内侍と呼ばれる。女ながらに漢文の詩歌・作文を書く才女であった。藤原道隆の妻となり、儀同三司と呼ばれる伊周や一条天皇の中宮・定子をもうける。63番の作者・藤原道雅の祖母。

清原元輔 (CV:中博史)

平安中期に活躍した歌人「梨壺の五人」の一人。『万葉集』の解読や、『後撰和歌集』の編纂などを行った。36番の作者・清原深養父の孫、62番の作者・清少納言の父。

清原致信 (CV:豊永利行)

元輔の息子。清少納言の兄。

末の松山 (CV:南里侑香)

致信の恋人

清少納言/諾子 (CV:茅原実里)

一条天皇の中宮・定子に仕える。和歌や漢詩の知識が豊富で定子に寵遇された。当時の宮中の様子を綴った随筆「枕草子」の作者としても大変有名。36番の作者・清原深養父のひ孫、42番の作者・清原元輔の娘

藤原行成 (CV:寺島拓篤)

小野道風・藤原佐理と共に、三蹟の一人に数えられる能書家。一条天皇の信頼も篤く、真面目で有能な官吏であった。45番の作者・藤原伊尹(謙徳公)の孫、50番の作者・藤原義孝の息子。

藤原実方 (CV:子安武人)

風流な貴公子として知られ、宮中でときめいた。多くの女性との交際があり、光源氏のモデルの一人とも言われている。26番の作者・貞信公のひ孫。

藤原公任 (CV:岸尾だいすけ)

一条天皇の時代、才芸に優れ治世を支えた藤原斉信、源俊賢、藤原行成とともに「一条朝の四納言」と称された。また、漢詩・和歌・管弦の才にも秀で、三舟の才を謳われた。64番の作者・権中納言定頼の父。

藤原斉信 (CV:曽世海司)

一条天皇の治世を支え、藤原公任、藤原行成、源俊賢とともに「一条朝の四納言」と称された。また、清少納言との交流も深、『枕草子』の中にもたびたび登場している。藤原道隆、藤原道長、藤原義孝は従兄弟にあたる。

定子 (CV:折笠富美子)

一条天皇の中宮。非常に博識で聡明な才媛であったと言われている。藤原道隆と54番の作者・儀同三司母の娘。

紫式部/香子 (CV:小林ゆう)

『源氏物語』『紫式部日記』の作者。『源氏物語』が宮中に広まると、それを目にした藤原道長がその文才を認め、娘である一条天皇の中宮・彰子に仕えさせた。58番の作者・大弐三位を生んだ。

藤子 (CV:喜多村英梨)

紫式部の幼馴染で親友

藤原道雅 (CV:木内秀信)

幼い頃に父の伊周が失脚し、それに伴い家も没落。以後、官途にも恵まれず、粗暴な行動が絶えなかったという。そのような振る舞いから「荒三位」とも呼ばれた。 中関白・藤原道隆と54番の作者・儀同三司母の孫

当子内親王 (CV:花澤香菜)

第67代三条天皇の第一皇女。伊勢神宮の斎宮を務め、父の三条天皇の退位の際に退下する。道雅との恋にやぶれた後、出家し、23歳の若さで生涯を閉じる。

中将内侍

当子の乳母。

三条院 (CV:屋良有作)

第63代冷泉天皇の第二皇子。第67代天皇。眼病を患うと、藤原道長より病気を理由に退位を迫られ、のちに敦成親王に譲位した。

藤原俊成 (CV:小川真司)

83番の作者で藤原定家の父。後白河院の院宣で『千載和歌集』を編纂した。多数の和歌を残しただけでなく、指導者としても優れており、定家など多くの歌人を育てた。

西行法師 (CV:郷田ほづみ)

86番の作者。鳥羽院に北面武士として仕えていたが、出家。山居や諸国修行をしながら和歌を詠んだという。その生き方をも含めて、後の文学に大きな影響を与えた。

式子内親王 (CV:大原さやか)

第77代後白河天皇の第三皇女。かつては賀茂斎院を務め、生涯独身を通した。定家の父・藤原俊成を和歌の師としている。