“東京ドームの元ビール売り子アナ”が明かす、体育会系な売り子の世界

池谷実悠

テレビ東京の新人アナウンサー池谷実悠が、10月4日(金)にBSテレ東で放送される『ナイツのビールいかがっすか?』(21:00~21:54)で初めて番組ナレーションを務めます。

番組はビールサーバーを背負った「ナイツ」の2人が、伊豆・下田の人と触れ合いながら、ビールに合う絶品グルメを探す史上初のふれあいバラエティーですが、実はナレーションを担当する池谷アナもビールと縁が深いんです。

大学2年から今年の3月まで、就職活動の間もずっと東京ドームでビールの売り子として働いていた経歴の持ち主。この経験が番組プロデューサーの目に留まり、今回ナレーション起用が決まりました。

テレ東プラスでは番組の初ナレーションを行う池谷アナを直撃。前編では知られざるビール売り子の世界を聞きました。

ビール売り子は厳しい競争の世界

ナイツのビールいかがっすか?

ーナレーションお疲れ様でした。池谷さんがビールの売り子として働くきっかけはなんだったんですか。

東京の大学に通うことになり「ビールの売り子だったら、タダで野球が見られる!」と始めたのがきっかけでした。

もともと野球ファンで、高校生の頃に一人で地元の静岡から夜行バスに乗って甲子園へ高校野球を見に行ったこともあります。

ー今回の番組では「ナイツ」の2人がビールサーバーを背負って伊豆・下田を歩きます。実際に売り子さんが背負うビールサーバーってどのくらいの重さなんですか。

ビールサーバーだけですと16キロくらい。そこにお金やカップがついて約20キロくらいになります。サワーの場合は氷も持つのでもっと重くなります。一番重いのはワインで、35杯分くらいを背負います。

ーたしかに球場ではビール以外の売り子さんもいますね。

売り子はまずビール以外のお酒からスタートなんです。私が働いた会社ではワインでした。ワインで売り上げが一番になると、次はサワーやハイボール。さらにそこで一番になると、ビールになります。

ービールの売り子さんは勝ち上がってきたエリートなんですね。厳しい世界だ…。

実際、売り子の世界はかなり厳しいです。

毎日売り上げが貼り出されますし、ビールの売り上げがビリの子は「酒落ち」といって、お酒を背負うところに戻ります。一度ビールになった子たちは、ビールから落ちないように必死です。

池谷実悠

ーJリーグみたいな入れ替え戦が繰り広げられているんですね。池谷さんはビール担当からは落ちなかったんですか。

落ちたこともあります。

売り子1年目でビール担当に昇格したのですが、周りは歴戦の先輩ばかり。その中で戦わなければいけないので、最初はビールとお酒を行ったり来たりでした。

性格で働く場所が決められているビール売り子

池谷実悠

ー売り子さんは内野、外野など担当の場所が分かれています。どのエリアで働いていたんですか。

階段が急な2階席、しかも3塁側でした。

3塁側はビジターなので、毎回観戦に来る方も違って、常連さんがなかなかつかないんです。なので、お祭り気質といいますか、キャラが分かりやすい、明るい子が3塁側に配置されます。

まずはとにかくお客さんと話して顔を覚えてもらい「次は何時に来たらいいですか?」と聞いて、その時間になったら同じお客さんのところに行きました。お客さんも待っていてくれているので、そこで一生懸命売ってました。

逆に内野に行く子は一見おとなしそうに見える、アイドルっぽい子が多いですね。買ってくれる人が「僕だけの○○ちゃん」とファンになってくれるような子。実は戦略的に決められているんです。

ー売り上げがシビアに分かるということでしたが、池谷さん自身の成績はどうだったんですか。

私が働いた会社のビールの売り子の数は30人くらい。私は昨年、就活もあったので全体で7位でした。

売り子は売るエリアで数が決まっていて、担当のエリアのビールの売り子は他のメーカーと合わせて16人くらいでしたが、そのエリアの中では1位を取れることもありました。

ー売り上げを上げるための工夫などはありますか。

売り子さんは頭につけているお花で覚えてもらえるので、みんなお花はつけてます。お花は先輩がつけていたものをつけると、先輩の常連さんもついてくれるので、「あの先輩の花をつけたい」と卒業の際にもめたりするんです(笑)。

うちの会社は年間1位の人が代々ひまわりをつけているので、東京ドームで熟練されたビール捌きを見たければ、ひまわりの花をつけている子から買えば間違いないです。

アナウンサーの仕事にも活きた、売り子の仕事

池谷実悠

ー常に笑顔の売り子さんですが、体力的にはきつい仕事ですよね。

売り子はサーバーを背負っているので、階段を上がる時に前傾姿勢になる。今、番組に出ると姿勢がよくないと言われるんですけど、たぶん売り子時代の影響です(笑)。

ヒザをつく仕事なので、ヒザは黒くなるし、肩はすれるし過酷でした。足もパンパンになります。

内野で売っている子は階段が急ではないので大丈夫ですけど、外野と2階席はとにかく急なので。ふくらはぎが発達しすぎて、取り返しのつかないことになりました…。

ー売り子の仕事を辞めたくなったことはありますか。

あります。体力的にはつらいですし、売り上げが伸びないと「どうしたらいいんだろう」とすごく悩んだときもありました。

辞めなかったのはやっぱり野球が好きだからですね。

学生の頃は、自分の父と同年代の目上の方とお話しする機会ってなかなかない。自分の知らない世代の方とお話しするのが楽しかったのも理由です。

ー以前、売り子さんに取材した際に名刺を渡してもチェッカーという職業の方に回収されると聞きましたが、ドームも同じですか。

はい。チェッカーさんもバイトなんです。ビールの樽を運んだりと力仕事のほかに、売り子さんの警備をしています。

時間ごとに売り子の売り上げのチェックもしているので、時間内に売り切れてないと「遅い」「やる気あるのか」とか怒られます。

ー思い出に残っているエピソードはありますか。

売り子をしていた3塁側のエリアで年間シートを購入していた方がいて、私が売り子1年目の時からずっと買ってくれていたんです。

私がアナウンサーに就職する決まったとき「じゃあ、最初のサインをユニフォームに書いてよ」と言ってくださって、すごく嬉しかったことを覚えています。

7月、東京スカイツリーでのナナナの誕生日イベントの司会を担当したのですが、そのお客さんが内緒で夫婦で見に来てくれて、ドームから離れた後も応援してもらっているとすごく嬉しかったです。

ー過酷な売り子の仕事ですが、現在のアナウンサーの仕事で活きた部分はありますか。

とにかく体力はついたので、今のアナウンサーの仕事にも活かされています。

先日、ロケで日差しが強かったりした日も全然大丈夫でした。何しろ、今はビールサーバーを背負ってないので(笑)。