震災の中で

 

 

「まだ燃えてるのかよ。何とかしてやれよお」


夜11時半過ぎのスタジオ。
CM中に私のとなりで先輩アナウンサーが声を絞り出すようにつぶやいた。

 

1995年。

当時 私はスポーツアナウンサーだった。


 

あの日も、番組ではオフの自主トレに励む松井選手とか、ラグビーとか、躍動感あふれる情報が一杯だった。

いつもと違ったのは報道特番の間にはさまれた短縮版だったことだ。

 

 

町が燃えていた。暗闇の中でも黒煙が巻き上がっているのが分かる。あの下にまだ人がいるんだ、しかも何百、何千と・・・。

 

阪神淡路大震災。未曾有の災害は私がアナウンサーになって3年目の出来事だった。

 

 

いつもなら満面の笑顔で伝えていたスポーツニュースも、その時ばかりは場違いな気がしてトークがはずまなかった。

 

重い気持ちで番組を終えると、待っていたのはカミナリだった。

 

「佐々木、おまえは何であんなつまんなそうにやってんだ、仏頂面で無愛想で、何考えてやってるんだ」

プロデューサーに呼び出され怒鳴り散らされた。

 


 

「でも、神戸であんな被害が出ている中で,笑いながら進行はできませんでした」

入社して初めて反論した。

事なかれ主義の私の性格をよく知っていただけにプロデューサーはちょっと驚いたようだ。で、一息ついて、

 

「気持ちはわかる。確かに大変な惨事だよなあ、だけどおまえ、スポーツを楽しみにしている人達もいるだろう。おまえが担当している番組をしっかり伝えるのがおまえの責任だろう」

ゆっくりとひげをさすりながら話してくれた。

 


その直後、私は報道情報番組のリポーターで神戸に行くことになったが、情けないことに高熱で寝込んでしまった。現地に行くことができず、もどかしい思いをした私は震災から2週間後、休みの日に一人で神戸に行ってみた。

 

―めちゃくちゃだった。

 


電車の窓から見える家並みはドミノ倒しをしたようで、バスと徒歩で三ノ宮からあてもなく、こなごなになった家々を呆然と見て歩いた。

 


瓦礫をよけながら避難所に行くとたくさんの人がテレビを見つめていた。布団を肩からかけて背中を丸めた中年男性。おばあちゃんの髪の毛はぼさぼさだった。ひどいにおいだった。

 


テレビの中では、きれいなピンク色のスーツに身を包んだ女性が

「避難している皆さん、本当に苦労なさっているでしょう」とイヤリングをきらきらさせながら語っていた。

 


「佐々木さん、いつもスポーツ見てますよ」

と突然男性が声をかけてきたかと思うといきなり紙切れを渡してきた。

 

見ると
名前と電話番号が書いてあった。

「息子と連絡が取れないんです。ぜひ私は無事だとテレビで伝えてもらえませんか」

 

自分は仕事できたわけではない。

現状を見つめたくてきただけだった。

でもそこには「命」を捜し求める人で埋め尽くされていた。


 

とたんに自分が情けなくなった。

居たたまれない気持ちになった。

くすぶる廃墟の中を、悔恨の念とともに泣きながら歩き続けたのを覚えている

 

あの時に、いつかきちんとニュースが出来たらと、人の役に立つことが出来たらと、心のどこかで思ってやってきた気がする。

あの思いを忘れずに、きちんとニュースを伝えていきたい。

 

 

 

・・・・・・・・・・実はこの文章は私が6年前に書いたブログです。

夕方のニュース番組を担当することになり、新人の時に体験した阪神大震災への思いをつづったものでした。

 

 

 

そして    一ヶ月前。

 

私の隣の後輩アナウンサーが声を絞り出すようにつぶやいた。
「なんですか、この映像・・」

 

スタジオで緊急特番に入っていた私たちの前に広がったのは、真っ赤に燃えさかる町だった。宮城県 気仙沼市。

 

闇夜の中で、一面に広がる炎。町が燃えている。
あの中に、何百、何千という人がいて、救助を待っている・・。

 

16年前、新人の時にスタジオで見た光景とまったく同じでした

違うのは私が報道を担当して10年の時がたっているということでした

 


16年前に手にした思いを抱いてスタジオに行き
少しでも役にたちたいと思っても、

 

未曾有の被害を前に 無力さをつきつけられるだけの日々が続いています

 

 

でも地震から数日後
いつも元気なスポーツ担当の後輩アナが神妙な顔で聞いてきました。

 


「あっこさん、こういう時ってどんな顔をして伝えればいいんですか?普通にスポーツ番組をやっていていんでしょうか?」


・・・そうだね
みんなやっぱり そう思うんですね

16年前の自分と同じ事をみんな感じていました

 

実はね、私、阪神大震災のとき怒られてね、すんごいカミナリ落とされたのだよ。
被災した人の中にはスポーツニュースを楽しみにしている人もいるかもしれない
勇気付けられる人もいるかもしれない。
そういう人がいる限り、しっかり伝えるのがみんなの役目だね。

 

 

そう話したときに思いました


伝え手としての思いをつないでいくこと。
これも人の役に立つことの「ひとつ」につながるのかもしれないなと。