赤と青 ② (シリーズ物です)

【朝日昇る東の空】

潮騒と言うと少しロマンチックだ。今朝の伊豆の波はずいぶんと高く、荒々しく聞こえる。
朝6時。漁師たちの船は当の昔に出ている時刻だが、私にとってはあまりにも早い。と言うか、前日の仕事が8時半に始まって、そのまま深夜勤務になだれ込んで、その足で伊豆に来たもんだからたまったものではない。
ぼんやりとしている私の目の前を、小柄な青年が走り出した。
膝丈のパンツから覗く脹脛は、体重50キロ足らずの体に似合わないゴムまりのようだった。

そして彼の横を、ワンボックスカーが追い抜いていった。助手席の窓から、少々恰幅の良い男性が何か声をかけていった。大橋秀行さんだ。WBCとWBAという世界2大タイトル奪取に成功した伝説のボクサーだ。今でこそ丸くなったが当時は48kgのストロー級という最軽量級でのスター選手だった。初めての世界挑戦がプロ7戦目という経歴からしても、当時「150年に一度の天才」と呼ばれた所以が理解できる(もっともこの時は奪取失敗だったのだが)。

そしてこの大橋秀行と同じくデビュー7戦目で世界初挑戦が決まったのが、私の目の前を走っていった青年だ。八重樫東。そのまんま"ヒガシ”と読むのではなく”アキラ”と読むのが正しい。矢吹丈とまではいかないが多少の景気いいコメントを期待しても、いつも謙虚な言葉しか出てこない何とも言えぬ男である。アマチュアでたたき上げ国体とインターハイを制覇、大橋秀行会長に見初められてのプロ入りだ。150年とはいわずとも10年でもいい、そんな天才かと言うとそれも違う。少なくとも注目度と言う点ではそうだった。それは彼の謙虚な人柄がそう見せていたのかもしれない。

ところで、ボクシングの世界ではキャリアと言うものには他に代えがたいものがある。どんな試合にも修羅場、恐怖、あるいは手応えや喜びがある。最初はスライムにてこずったドラゴンクエストの王子も、経験値が積むごとになんだか強くなったものだ。例えが変だ。

彼のデビュー戦はなんと”キャリア7年”という選手。このマッチメークに、ボクシングファンならばその潜在能力を感じただろう。少なくともあの大橋秀行さんがそうしたのだ。間違いは無い。果たして彼は初回ワンパンチKO。大橋さんの期待に見事に応え、そしてこの瞬間からチャンピオンロードが始まったのだ。

師匠の果たせなかった7戦目での世界奪取を義務付けられた男だ。
大橋秀行さんの師匠は現ヨネクラジム会長米倉健司さんだ。
面白い。彼もまたプロ7戦目で世界初挑戦を行っていたのだ。
ボクシング界三世代に渡る壮大なチャンピオンロードだ。
現在の日本ボクシング界・史上最短世界奪取は、あの辰吉丈一郎と、先日残念ながら王座から陥落した名城信男の8戦目である。歴史を変えるか。

大リーグの松坂大輔は言った。「夢と言う言葉は好きじゃない」。大リーグにこられたのは「目標」だったからだ。
東の空に昇る朝日のごときプロボクサー八重樫に、この言葉はどう響いているのだろうか。

つづく