赤と青 ③ (シリーズ物です)

【朝は地球上平等に】

デン青年がタイ北部ピチット県の貧しい家庭に生まれたのは28年前の12月。この土地、かつて最初はサルワン(王の池)という名前であった。その後オーカブリー(湿地帯の町)に変わり、最終的にピチット(美)となった。彼の美しい心に相応しい故郷の地名だ。

バラック小屋のような生家には両親とたくさんの兄弟が暮らしていた。
「9人兄弟8番目」という。野球ならひとチームできる人数だ。しかしよく聞けば実際は14人兄弟で、健在は10人、うち一人が所在不明だというのが真相だ。

兄弟が多いというのはそれだけ働き手としての力があることも意味するが、どうじに貧しさを助長する原因にもなる。しかし兄弟助け合って生きてゆくという、本来の家族の姿を知っているのは彼らの強みだ。いやそんな風にすら思わず、自然のことなのだろう。

「輝く」あるいは「目立つ」とかそんな意味をこめてデンと名づけられた男の子は、勿論これから待ち受ける貧困なんて知る由も無い。「僕、今ここにいるよ、元気だよ」と泣き続ける、世界共通の可愛らしい赤ん坊だ。
世界共通の・・・・。

私は日本に生まれた。何もかもそろっている。年を重ねるごとにそれを思う。デンは貧しく私は豊かだった。何が違うんだろう、私は運がいいのか?
「誰が生んでやったと思うんだ!」と母親にしかられた記憶もあるが、私としては「あんたに生んでもらいたいと思って生まれたんじゃないわい」と思ったものだ。むしろ生まれを選べないのは赤ん坊だ。

最近そんなことを考えさせられるニュースがテレビの画面から興味本位で流れてくる。赤ちゃんポスト「コウノトリのゆりかご」だ。デンはこのニュースをどう感じているのだろう・・・・。

私は人として大事なものを忘れかけた、生き急ぐ都会人と成り下がった。
デン青年は苦しかった幼少時代を踏まえ、人のために生き続けている。

どちらがいいのか。

答えはこの生涯をかけて探さなければいけないかもしれない。
デン青年が、自分のような貧しい子供を無くしたいと願う強い気持ちをもって社会福祉に身を投じる姿を見ると、自分の心が動かされる。動揺にも似た何かに胸を突かれる。

早くから自立が求められるのが、貧しい地域での常だ。この日本ではまだまだ幼児だのといって馬鹿可愛がりされている年齢で、もう家の仕事手伝うのである。デンもしかりだった。

貧しい中でも何とか小学校には行かせてもらえた。

つづく