赤と青 ⑩ (シリーズ物です)

【ハート&ソウル】

「賽は投げられた」
紀元前49年の1月10日、カエサルがルビコン川を渡りイタリアに侵入したときの有名な言葉だ。

遥か時を経て、2004年1月10日。デンはついに世界の頂点に立った。WBC世界ミニマム級王座獲得は、7度防衛のホセ・アントニオ・アギーレからの獲得と言う見事な政権交代だった。この日からデンは追うものから追われる者へと立場を変えた。しかし、世界王者と言ってもまだまだ王座に就いたばかりの輸入ボクサーである。ファイトマネーも正直たいしたことなかった。これから防衛を重ねていかなければならないのだ。
しかし不運が訪れた。神はなぜデンにここまでの試練を与えるのか。いや、敬虔な仏教徒デンだから仏様だろうか。

動いてくれ・・・。僕の人生がかかっているんだ!
う・・・痛い・・。痛い・・・。パンチならば100発でも200発でも耐えて見せよう・・・でもこれは・・。

2度目の防衛戦で自らの強打で、自分の肩を骨折し棄権。つまりTKO負けである。
プロ初めての敗北。
輸入ボクサーの敗北。

「人生が終わった」
そうデンが思ったのも仕方ないところだ。帰国しかないのか・・。

しかしこんな心優しき男を誰が放っておくだろう。
復帰戦が組まれた。しかもいきなりの世界タイトルマッチだ。
デンは返り咲いた。微笑みの国のデンに、再び笑顔が戻った。妻が泣いている。関係者も目を潤ませている。

「ようし!もう二度と離してなるものか。」

2度目の王座の初防衛は、日本ミニマム級世界戦史上16年ぶりというKO勝利で、沸かせた。「第二の故郷日本だから、そして支えてくれた日本の方々に感謝したい」と、試合前の国家斉唱と国旗掲揚に君が代と日の丸を選んだ。
2度目の防衛戦は最強挑戦者ロデル・マヨール。劣勢の試合を最終12ラウンドにダウンを奪って劇的逆転勝利で防衛。3度目はロレンソ・トレホ。プロ初のダウンを、しかも2回喫したものの打撃戦を制して逆転防衛。

タフな2試合だった。綺麗なボクシングを目指す王者にとって、ボクシングはアートだと言う王者にとって、全く意にそぐわない試合だったかも知れない。しかしここに王者の強さがあるのだ。

ハートの強さ、ハングリーさ。

1敗に怯えてばかりいた異邦人ボクサーは、王座陥落という絶望から這い上がり、いまや安定政権の絶対王者とも言われるに至った。

もうデンではない。チャンピオンと書くべきなのだ。

そしてこの、微笑みの国から来た105パウンドのチャンピオンに、日本の若武者が挑もうとしている。過去最も勢いがある若手だ。歴史に名を残すかもしれない大勝負だ。チャンピオンにとって非常に危険な勝負が幕を開けようとしている。来る者拒めずいや、拒まずだろう・・。

チャンピオンが危険な勝負の「賽を投げた」。


つづく