赤と青 ⑪ (シリーズ最終章)

【ステンドグラス】

2007年6月4日午後8時10分過ぎ。
パシフィコ横浜。純白のキャンバスでデンとアキラは交錯した。

第1ラウンド、王者の右ストレートが挑戦者のアゴ元を捕らえ、一瞬膝が落ちた。王者が、初挑戦の選手にいきなり大きいパンチをあててビビらすというのは、ある意味常套手段であり、王者はそれを実行し挑戦者はそれを許した。この時点で何か流れを感じる。

第5ラウンドあたりだっただろうか。
挑戦者が苦痛に顔をゆがめた。パンチではない。もぐりこんできた王者の頭がアゴに直撃したのだ。

疲れが出てきたか挑戦者。口をあけたまま戦う。

第8ラウンド。
そのアゴを上から打ち下ろすように至近距離から放った王者のパンチで、挑戦者がプロ入り初めてのダウン。右膝がキャンバスに付いた。

次第に状況が分かってきた。

挑戦者が口をあけていたのは呼吸ではなかった。
あごが外れていたのだ。

ワンサイドだ。

勝負はあった。12R戦い抜いたが判定は王者の圧勝。

強かった。デンは守った。
世界の頂点を極め、よもやのアクシデントで陥落。
絶望から立ち上がってワンチャンスで取り戻したベルト。
1敗に怯えていた異邦人ボクサーは、いまや絶対王者という名前を手にした。

アキラの挑戦はそのアゴと共に砕け散った。
木っ端微塵に砕け散った。

大橋会長も7戦目での挑戦で砕け散り、日本タイトルから再スタートした。2年後の世界再挑戦も跳ね返された。そして初挑戦から3年、3度目の挑戦で世界のベルトを取ったのだ。のちにWBAのベルトも獲得し名王者と呼ばれるにいたった。

純白のキャンバスに砕け散ったアキラ。
しかし、世界初挑戦という何事にも変えがたいこの経験がしみこんだキラキラ光るその破片を、いまからアキラは、丁寧にひとつひとつ拾い集めていくのだろう。そしていつの日かそれが再び合わさった時、ステンドグラスのような輝きに代わるのだろう。

日本ボクシング120年の歴史はその流れを変えなかった。
蒼き稲妻は、純白のキャンバスに描く王者の芸術のその一部となって消えた。

放送席解説の元東洋太平洋王者で世界挑戦3度の坂本博之さんが、放送終了間際に言った言葉が響く。

「イーグルって本当に強い王者に、あえて挑んだ、あえてイーグルを選んだ、その心意気に熱いものを感じますね」


おわり