再び被災地へ。



震災からおよそ半年が過ぎようとしています。
被災地の皆さまは今もなお大変な暮らしの中にあると思います。
皆さまに心からお見舞い申し上げます。




時同じく行われた、民主党の代表選。
結果、野田新総理の誕生となった。

直前まで海江田氏有利と言われる状況だったが、
被災地は今回の代表選をどのように見ているのか伝えてくれ、
というミッションを受け、私は宮城県の多賀城市へと向かった。


中継先は多賀城市の総合体育館。
すでに被災した多くの方々は仮設住宅へと移っていたが、
それでも35世帯64人の方がまだ体育館での生活を続けていた。
お話を伺おうとカメラを持って仕切られた皆さんの生活の場へと
足を運ぶと、多くの方はカメラはもう勘弁といった具合だった。



当然だ。
土足で(上履きはもちろん履いてます)、皆さんの家に上がり込んで
インタビューしようとしているのだから。
何よりこれまでに散々テレビカメラの取材も受けられただろうし
カメラを見るのも嫌だというのは自然だと思う。
丁重に謝り、別の方を探す。



なかには、親切に震災当日の様子を教えてくださった方もいた。

いま自分の家はどうなっているのか。
なぜ未だに体育館にいるのか。
孫との生活がどれだけ大変か。
プライバシーのない生活が年頃の子にとって
どれだけ大変か・・・
聞けば聞くほど、どれだけ命からがら体育館に逃れ、
さらに毎日を一生懸命に送っているかが伝わってきた。



(写真は近くの工場の瓦礫が積まれた現場。これらはどこへ行くのか…)



こちらとしては震災当日を克明に思い出させてしまったようで
申し訳ない思いでいっぱいだった。
「お話を聞くことしかできなくてごめんなさい」と
言うことしかできなかった。

しかし、その方に聞いた話が鮮明であればあるほど
被災地から遠く離れた東京に暮らしている私たちにとっても
あの日は決して遠い日なんかではないのだということを
改めて教わった気がする。


多くの方が
「目の前の生活に手いっぱいで、この半年の政治状況なんて
わからないし、誰と誰が組むとか組まないとかなんてよくわかりません」
という状況なのだと思う。



(工場近くのアパートも内部はまだあの日のまま。手つかずだった)





夕刻になって、避難所で友達になったという小学生たちが
学校の宿題に協力して取り組んでいた。


私が子どもの頃は当たり前のように過ごしていた何気ない日々が
全然当たり前でなくなってしまった彼女たちにも、
一刻も早く元の日常を取り戻してあげなくては・・・


そう感じながら、多賀城を後にすることとなった。





でも。

ドラマの再放送を見ながら、
「水嶋さんはカッコイイ」「佐藤さんは(役柄が)生意気だ」
「向井さんもカッコイイ」などと無邪気にはしゃいでいる様子が
見えたのが、なんだかホッとしたな~。
救われた気がしました。