春闘はなぜ終焉を迎えようとしているのか?

日本経済新聞記者時代、筆者は電機業界を担当する産業記者として春闘の取材に当たった。電機業界の各企業には副社長、専務クラスに労務担当の役員が配置され、労働組合の取材とともに、こうした役員を取材することが前年の秋から始まった。経営陣側から景気見通しがはっきりしない、企業経営は今後、厳しい状況を迎える、という趣旨のアドバルーンが上げられる。普通に記者会見を聞いていると、この景気見通しへの言及は唐突で意味がよく分からないが、春闘取材のベテラン記者は、「厳しい景気見通しを述べ、早くも来年の春闘への牽制球が投げられた」などと記事を書き、なるほど、と感心させられたものである。
当時、春闘は、労働組合にとってはもちろん、経営陣にとっても、これを取材する報道陣にとっても、年間スケジュールの中で最も重要な案件になった。日本経済新聞社では、政治、経済、産業、社会などの編集取材部を横断して専任の取材チームが結成され、年明け早々から、春闘見通し、交渉経過、妥結経過、ストライキ見通しなどを随時、ストレート記事のほか、大きな囲み記事や企画連載を展開してゆく。総力を挙げた取材だったといえる。
今回、春闘を取材に電機業界を訪ねると、拍子抜けするほど関心が薄れていた。電機業界は中国をはじめとするアジア新興勢力との国際競争力低下を背景に、労使の間で必死の生き残り策を模索し始めていた。どう生き残るか。どう勝ち残るか。そのためには多くの生産工程を国内から海外へ移転することが必要。単純に推測すれば、雇用はどんどん失われてゆく。競争力衰退の原因が日本の賃金水準の高さであるとすれば、電機業界生き残りのためには、「賃上げ」は良策ではない。労使の間で、そうした認識が共有されていることを強く感じた。
トヨタ自動車は、人材派遣法の改正で、この4月、製造現場でも人材派遣が認められることになったのを機会に、同社の製造現場に人材派遣会社からの要員を大量に投入することになった。国際競争を勝ち抜くためにコストダウンをさらに徹底する。これは電機業界でも同じで、すでに正規雇用ではない労働力が製造現場の大半を占め、労組の組織率は大きく低下している。限られた正規従業員との間だけで賃金交渉していても、実効性は低い。
その代わりに、正規社員として残る人材にとっては給料以上に、本人のキャリア形成のための研鑽の機会を有利にするための条件改善が重要になってきている。あるいはキャリアを無駄にすることのないように、結婚や育児の際に、キャリアを保存したまま一時的な休職や制約された労働条件を確保できるように要求する交渉が増加している。それも交渉は一時期ではなく、通年、継続的に行う、というように変化してきた。この状況は決して、最終ゴールが近づいているようには思えない。より根本的な構造変化の前触れであろう。ブロードバンドの発達で遠隔地にいても、つまり、自宅やリゾートにいても、一定時間、業務をこなす勤務形態が構想される。社員としてではなく、多数の契約先の仕事をブロードバンドを通じて引き受ける自立的な個人企業が多数、輩出する予感もする。
「春闘の崩壊」は、その背後で、働くスタイルの変化、価値観の変化の進行を推測させる。
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