
4月11日テーマ
「もう給料は上がらない? -'04春闘 完全ドキュメント」
春闘史は成立から約50年もの長きにわたってつづき、その中で幾つか大きな区切りがあり、時々の政治情勢、経済情勢、国際動向を毎年数字の形で映し出してきている。50年代の春闘と00年代の春闘は同じ春闘と言えども、大きな差異があるため、現在から過去に遡っていく形でまとめる。
調査の過程で2004年春闘の枠組みは2001年からの流れを汲んでいると判断し、インターネットの情報を中心にとりまとめた。2000年~1950年までは書籍情報をベースに作成した。
■2004年春闘~2001年春闘(現在の情勢)
・2004年春闘
日本経済に明るさが見えるなか行われた。連合のニュースレターによると、賃金に関して03年を底という運動方針は一定程度達成したとのこと。しかし、2003年にベア春闘の終焉という言葉で語られたように、春闘=賃金闘争という文脈はさらに力を失いつつある。労働環境の改善や雇用確保を正面議題に持っていくというアナウンスが労使双方特に大手から聞こえてきた。中小なお大手の格差を是正することを主たる運動方針にしている。 ※ 賃金に関しては固定費を伴わない一時金という形で解決するのが目立った。竹中大臣は記者会見でバブル崩壊後20%も上昇した給与の調整が良いところにきているとの認識を示している。
・2003年春闘
イラク開戦前夜、日経平均が8000円を割り込み3月危機が叫ばれ、経済のグローバル化や、デフレ経済進行を背景に行われた。右肩上がりの経済を前提とし、業界ごとに統一ベア要求を基本としてきたものの各企業間で大きな業績の格差広がるなかで、ベースアップはほぼ不可能となり、「ベア春闘の終焉」という単語が生まれた。リストラの進行や実力主義賃金の広がりも相まって、定期昇給の見直しも公然と語られるようになった。
・2002年春闘
デフレ経済が顕在化、3月危機が叫ばれるなか、横並びのベア昇給は瓦解、経済の変質、日本の「労働」が急速に多様化しつつあることが意識された。雇用維持を背景にワークシェアリング論すら大手組合で語れるようになった。最後に残された55年体制という文脈で「春闘終焉論」という単語が引き続き語られた。
※このようなコメントがでている。トヨタ自動車張富士夫社長「後から振り返ると今春闘は大きな転換点だったことが分かる」「日本の高コスト体質をどうするか、労使が腹を割って話し合う場」
・2001年春闘
ベースアップの要求断念・ ゼロ回答が相次ぎ、春闘の崩壊、終焉が強く意識された。01春闘を契機に連合がベア要求見送りを提案、電機、 鉄鋼など主要産業別労組が春闘方式を変える方針を打ち出し、現在までの流れを作り出している。
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