■監修者・中島洋の深読み
中島洋
=マルチメディア総合研究所所長
1947年生まれ。東京大学大学院(倫理学)修士修了。73年日本経済新聞社入社。産業部で24年にわたり、ハイテク分野、総合商社、企業経営問題などを担当。1988年から編集委員。この間、日経マグロウヒル社に出向し、日経コンピュータ、日経パソコンの創刊に参加。97年-02年慶応義塾大学教授(大学院政策・メディア研究科特別研究担当)。02年-04年、国際大学(グローコム)教授を務める。現在、MM総研所長、日経BP社編集委員、国際大学(グローコム)主幹研究員などを兼務。
日本経済新聞社の記者時代、3年間、農林水産省の記者クラブに所属をして、お酒の取材も手伝った。ちょうど酒税が大きく変わり、食品の制度が変容するときだった。そこでは、アルコール市場をめぐる激しいシェア合戦が展開されているところだった。ウイスキー(それもスコッチ、バーボン)、ワイン、日本酒、焼酎、ビールなどの多彩なアルコールが日本人の胃袋を狙っていた。中国の酒、ロシアのウオッカ、メキシコのテキーラなども愛好家の口に入っていた。
ちょうどメーカー同士の激しい宣伝合戦が繰り広げられていたのは、「貴腐ワイン」と呼ぶ、希少価値のあるワインの話題だった。ワインの本場ドイツのライン川の近くで、100年に一度くらい、天候の関係で菌が発生し、ぶどうが乾燥してしまうが、そのぶどうから作ったワインは糖度が著しく高く、これを絶賛して「貴腐ワイン」と呼ぶのである。収量はほんのわずかで、従って「貴腐ワイン」はその本数も少なく、幻のワインとなったのである。
ところが、そのころ、日本のぶどう畑で、幻の「貴腐」が発生したというのである。翌年、その「貴腐ぶどう」からワインが醸造された。1本、数万円。ところが問題は、その貴腐ワインの発生は、1つのぶどう畑に留まらなかった。なんと、日本を代表する2つのメーカーのぶどう畑で同時に発生したので、「日本初」が2つできてしまった。そこで、「当社の貴腐ワインこそ本当の日本初」という宣伝合戦に発展したのである。農林水産省の記者クラブには両者の宣伝担当者が押しかけて自説を主張した。
この争いに巻き込まれたのが担当記者たちだが、どうも、これもワインブームを仕掛けるメーカーの人たちの話題作りのキャンペーンに過ぎなかったのではないか。乾燥地域のドイツと違い、湿気の多い日本では、少し失敗するとぶどうは菌が発生して皮を腐らせ、乾燥させてしまう。水分が蒸発するので、糖度の高いぶどうになる。ちょうど「貴腐ワイン」の味になる。収量が著しく落ちるし、味覚も変わるので、こういう腐敗が起こらないように畑を管理するのが日本のぶどう農家の努力のしどころだったようだ。日本でまれに起こる現象どころか、生産性が落ちるので、必死に防いでいる当たり前の現象だったらしい。
波状的に起こるお酒のブームは、どうも、このように必死に仕掛けるメーカーの努力の成果のようだ。決して批判しているのではない。そこには「文化」がある。焼酎、泡盛と、これからも新しい文化が生まれて欲しいと思う――酒好きの願いでもある。
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