■監修者・中島洋の深読み
中島洋 中島洋=マルチメディア総合研究所所長

1947年生まれ。東京大学大学院(倫理学)修士修了。73年日本経済新聞社入社。産業部で24年にわたり、ハイテク分野、総合商社、企業経営問題などを担当。1988年から編集委員。この間、日経マグロウヒル社に出向し、日経コンピュータ、日経パソコンの創刊に参加。97年-02年慶応義塾大学教授(大学院政策・メディア研究科特別研究担当)。02年-04年、国際大学(グローコム)教授を務める。現在、MM総研所長、日経BP社編集委員、国際大学(グローコム)主幹研究員などを兼務。


エアバスの攻勢に思う

 昭和49年、筆者が日本経済新聞の駆け出しの記者のころ、商社の担当になって走り回っていた。そのころ、担当範囲だった某商社がエアバスの代理店になって日本への売り込みを始めた。出入りの記者ということで筆者にもその商社の幹部がエアバスの優れた特色を説明してくれ、乗り気ではない記事を書いたような気がする。結局、その商社はたいした成果も上がられないまま終わったような気がする。

 そのころ、別の商社を通じて日本の航空会社に積極的に働きかけていたのは米ロッキード社だった。実際、その後、ロッキード社製のトライスターという機種を日本の空港のあちこちで見かけるようになった。いずれにしろ、新聞記事で航空会社の首脳が勉強することなどはなく、商談はまったく別のところで進行していたのだろう。その後、エアバスの話題はそれほど世間の関心をひくことなく、また、担当を離れて以降は、筆者も、今回の企画でデータを点検するまで思い出すことはなかった。

 率直なところ、それから今日に至るまでのエアバスの市場開拓はすさまじいものがある。日本の航空会社は依然として米ボーイングの機種を中心に導入しているようだが、世界的にはエアバスがトップに躍り出つつある。日本にもその余波が及んでいる。新機種の開発戦略では、圧倒的にエアバスのほうが活発で、その成果が出てきたと見るのが自然な見方だろう。

 ボーイングのビジネス戦略に誤りがあった、と指摘する声もある。ボーイングが資金力に乏しくなった航空会社に購入資金をファイナンスして市場を拡大したが、その後の航空不況で貸し付けた先の航空会社が行き詰まり、資金回収ができなくなったのが経営全般の足を引っ張った、というわけだ。同じことは、家電にも、IT産業にも起きた。航空機産業特有の問題ではなく、モノ作りだけでなく、金融サービスでも稼ぐ、という米国ビジネススクール流の経営手法がしっぺ返しを食ったということなのだろう。

 航空機商戦は、かつての政治商戦から、ビジネスモデルの成否を競う商戦になってきたのか。もちろん、機種の性能が勝敗の決め手になるのが、最も妥当な戦いだろうが。






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