■監修者・中島洋の深読み
中島洋
=マルチメディア総合研究所所長
1947年生まれ。東京大学大学院(倫理学)修士修了。73年日本経済新聞社入社。産業部で24年にわたり、ハイテク分野、総合商社、企業経営問題などを担当。1988年から編集委員。この間、日経マグロウヒル社に出向し、日経コンピュータ、日経パソコンの創刊に参加。97年-02年慶応義塾大学教授(大学院政策・メディア研究科特別研究担当)。02年-04年、国際大学(グローコム)教授を務める。現在、MM総研所長、日経BP社編集委員、国際大学(グローコム)主幹研究員などを兼務。
日本にとって中国の価値は何か?
中国の経済成長は「功罪相半ば」ならぬ「罪功相半ば」である。
まず、「罪」。
20世紀終盤、日本の産業が海外に逃げ出し、急速に、衰弱、空洞化しつつあった原因の一つは中国の台頭だった。といっても中国の企業そのものの成長も確かにあったが、同時に日本企業が中国に進出して拠点を築き、中国の企業家と協力して日本に残る企業を追いつめていった構図もある。問題は従業員の労賃の安さである。単純労働では20分の1程度。ソフトウェア開発などの中国側で賃金が高い人件費でも7分の1の安さである。その他の経営資源も安かった。日本企業は従業員の多くを日本に残して、中国に拠点を作って企業としての生き残りを図ったのである。
企業は生き残りをかけて、経営資源を安く調達できる国、地域を求めて移動、移転し、グローバル化を遂げつつある。企業経済はグローバル化して生き残りを図れる。しかし、空洞化によって経済力が弱れば、国家経済はもちこたえられない。企業が生き延びても日本という母国が衰退しては何もならないではないか――こういう危機感を訴える経済人も少なくなかった。中国脅威論である。
一方の「功」。
しかし、2004年、2005年にかけての日本経済の回復のきっかけを作ったのも中国だった。中国で生産された安い商品が日本の流通の流れを変え、新しい企業が誕生して活気を取り戻させた。さらに、経済力をつけた中国市場の購買力もまた巨大だったのである。消費市場としての中国に向けて日本企業や中国企業との協力会社が中国で生産する製品が飛ぶように売れて、その部品や原材料が日本から中国へ輸出され、日中貿易総額は急激に膨らんでいった。すでに成熟産業になった、と思われた鉄鋼などは自動車向けの高付加価値製品を軸に史上最高の業績を上げて日本経済の力強い復活を印象付けた。
その中国で経営資源の「安さ」の原因であった人民元の為替レートが切り上げられた。その幅はわずかだが、今後、徐々に切り上げ水準は上昇してゆくと考えられている。日本にとって中国の「経済効果」はいつまで続くのだろうか。
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