■監修者・中島洋の深読み
中島洋
=マルチメディア総合研究所所長
1947年生まれ。東京大学大学院(倫理学)修士修了。73年日本経済新聞社入社。産業部で24年にわたり、ハイテク分野、総合商社、企業経営問題などを担当。1988年から編集委員。この間、日経マグロウヒル社に出向し、日経コンピュータ、日経パソコンの創刊に参加。97年-02年慶応義塾大学教授(大学院政策・メディア研究科特別研究担当)。02年-04年、国際大学(グローコム)教授を務める。現在、MM総研所長、日経BP社編集委員、国際大学(グローコム)主幹研究員などを兼務。
遠ざかった『医は算術』
つくづく時代の変遷ははなはだしいと感じる。
1960年代から80年代の長い間、医療現場への不満から国民は「医は算術」と批判をしてきた。医師は患者の治癒よりも、その診療行為によってどれだけ収益が上がるかばかり計算しているという、「皮肉」というよりもっと深刻な「医師不信」が蔓延し始めていた。
しかし、これだけの批判があれば、さすがに良識ある医師集団、厚生労働省の官僚たちは動き出す。この5年間でみても、いくらかの迷走はあるとはいえ、着実に医療現場は動き始めていると感じられる。あるいは筆者だけの感想だろうか。
特に実感するのは医療技術の進展である。
胆石の手術は最先端では日帰りだという。その昔、福田首相が手術をしたときには数週間の入院が必要だったと記憶する。それが腹部に小さな穴を開けてファイバーを差し込み、音波の振動で胆石を破砕するのだそうだ。傷は小さく、当日の退院がOK。
医療技術の進展を筆者がもっと実感したのは胃カメラである。
筆者は学生時代の1960年代に胃カメラを飲む仕儀になったが、余りの苦しさで、途中まで入りかかっていたチューブを引き抜き、医師から激しい叱責を受けた記憶がある。そのときの思いは、「2度とこんな苦しい思いをするなら、胃がんで死んだほうがましだ」というものだった。死んだほうがましといっても、死ぬほうの苦しみはとんと知らないので、この議論そのものは意味ないものだが。
ところが数年前に胃カメラを飲んでその快適さにびっくりした。チューブがファイバーに小型化して飲みやすくなっただけではない。麻酔術が進歩して、不快感が全くない方法になって、陶然として気がついたら看護師さんに起こされていた。「明日もまたやって欲しいくらい」という快適な検査だった。医療は日進月歩である。
ここまで先端で医療が進歩してくれば、新しい技術を理解できる医師はたくさん輩出してもらったほうが良い。一般的に「医師は過剰」かもしれないが、実は、そういう最先端の技術をもつ医師は不足。ぜひとも医師をもっと増やして、医療技術をさらに改良してもらいたいものである。
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