■監修者・中島洋の深読み
中島洋
=マルチメディア総合研究所所長
1947年生まれ。東京大学大学院(倫理学)修士修了。73年日本経済新聞社入社。産業部で24年にわたり、ハイテク分野、総合商社、企業経営問題などを担当。1988年から編集委員。この間、日経マグロウヒル社に出向し、日経コンピュータ、日経パソコンの創刊に参加。97年-02年慶応義塾大学教授(大学院政策・メディア研究科特別研究担当)。02年-04年、国際大学(グローコム)教授を務める。現在、MM総研所長、日経BP社編集委員、国際大学(グローコム)主幹研究員などを兼務。
「日本の宇宙ビジネスの後進性を改めて思う」
1970年代後半の駆け出しの新聞記者時代、当時の上司に当たるある部長さんと、深夜の大手町のビル街の路上に現れる屋台の飲み屋のまずい酒を飲みながら、いろいろの経験談を語ってもらった。その話が本物か、誇張癖のある辣腕新聞記者のホラ話か、まあ、多少は割り引きしながら、それでも半分は本当の話かとワクワクしながら聞いたものである。新聞記者としての好奇心はそのころから養われたものと見られる。ついでに誇張癖も伝染したかもしれない。
その深夜の屋台談義で聞いた面白い話の一つが、月旅行の予約券を購入した話だ。米国がアポロ宇宙船で飛行士を月に送り込んでいた時代にニューヨークの特派員だったその部長はニューヨークで売り出された旅行券を購入したというのである。この話を思い出して新聞の特集記事は、このエピソードから始めようとしたが、急に自信がなくなった。
酒を飲みながら聞いた話なので、もしかすると月の不動産の話だったかな、とこちらの軸がぶれ始めた。こういうときには、先輩記者に取材するのは躊躇する。関係ない取材先なら、恥は平気で、どしどし確認するのに、今回は急に気弱になって、スタッフにあちこち当たってもらったり、インターネットで、月の不動産販売や古い月旅行のチケット販売の情報を当たってもらったが、一向にそれらしい情報に当たらないままに時間切れを迎えてしまった。
当時、酒を飲みながらしゃべり合ったのは、何でもビジネスにしてしまう米国のエネルギーだった。「あの迫力にはかなわん」というのが、腹にずしんと応えた。まだ、強大な米国に追いつけ、追いつけ、もう一度、追いつけ、というくらいの格差のある時代だった。日本の独力で月旅行など思いも及ばない時代だったし、その状況は今日でも変わらない。米国とはすごい国だという実感だった。
日本の宇宙開発の現状を見ると、世界の流れから大きく後れをとってしまった。 スペースシャトルやロケットの部品を供給する点では技術を買われているが、所詮は「部品下請け」の域を出ない。このことを思い、やや気が重くなったしだいである。
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