■監修者・中島洋の深読み
中島洋 中島洋=マルチメディア総合研究所所長

1947年生まれ。東京大学大学院(倫理学)修士修了。73年日本経済新聞社入社。産業部で24年にわたり、ハイテク分野、総合商社、企業経営問題などを担当。1988年から編集委員。この間、日経マグロウヒル社に出向し、日経コンピュータ、日経パソコンの創刊に参加。97年-02年慶応義塾大学教授(大学院政策・メディア研究科特別研究担当)。02年-04年、国際大学(グローコム)教授を務める。現在、MM総研所長、日経BP社編集委員、国際大学(グローコム)主幹研究員などを兼務。

「フリーペーパー」の勝負の分かれ目は?

 商品情報、飲食店やレジャー施設の情報を満載した「フリーペーパー」の攻防戦は激烈である。南方の観光名所である離島で2つのフリーペーパーが競い合っているのに出くわしたことがある。両方ともタブロイド版のカラー刷り。雑誌タイプではなく、新聞紙タイプである。最終ページには、大型の島内地図が印刷されていて、東京で購入した高額の観光ガイドブックより、よほど役立つ案内が紹介されていて、実用的である。「無料でこんなに素晴らしいガイドが入手できるとは」と感激したものである。

 2つのフリーペーパーにはいろいろな面で違いがあった。

 1つは地元の企業が発行していたフリーペーパーで、飲食店情報などは、おいしい店の案内だけでなく、バーやクラブなどのナイト情報まで豊富な観光案内が掲載されていた。しかし、発行が年一回だったので、機動性に欠けた。発行から半年経過してみると、掲載されている飲食店のサービス料金やサービス内容が改定されるところが増えてきたが、更新されないままで発行され続けていた。

 もう1つのフリーペーパーは東京でフリーペーパーを発行する会社がこの島にも事業を広げてきたものだ。他の地域での発行のノウハウを元に効率よく編集して魅力ある地元情報特集記事を掲載し、これに店舗やレジャー施設を加えて斬新なフリーペーパーになった。発行頻度も半年に一回と、情報の更新もまあまあである。

 ホテルや空港、港など、双方がともに並んでカウンターやラックに置いてあった。

 しかし、1年後、東京からのフリーペーパーは撤退した。店舗を紹介した案内の掲載料の回収が難しかったのである。地元の発行企業は地元の人間関係が緊密で、また、頻繁に接触できるので掲載料支払いの督促も丹念にできる。しかし、東京側では常駐者を置いていたのでは採算が合わず、結局、収益の見通しがつかずに撤退したのである。

 これは典型的な事例だが、フリーペーパーの現場では、配布場所の奪い合いもさることながら、掲載店舗の奪い合い、さらに、掲載後の料金の回収でも勝負のしどころがある。フリーペーパーの寿命が短いものが多く、主役の交代が激しいのも納得が行くところである。







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