安定した日本での生活を捨てネパールの奥地で一人ボランティアとしての生活を選んだ垣見一雅さん(67)。きっかけは1990年誘われて登ったヒマラヤで雪崩に見舞われ彼の荷物を背負っていたポーターが亡くなったことだった。以来ネパールに借りがある気がする、とその後の人生をネパールに捧げる決断をし仕事も辞め単身ネパールに渡った。
そして現在地元では知らない人がいないほどの有名人となり、言葉が出来ない時代何をきかれても「OK」と返事をしていたので愛称OKバジ(バジはネパールの言葉でおじさんの意味)と親しまれる存在にまでなった。 今回そんなバジさんの 目に入れても痛くない 可愛い小学生の孫 二人が初めてネパール を訪れ、実際にバジさん と活動を共にすることで 日本では得ることの 出来ない体験をして くることになる。 |
今から23年前、アメリカで語学を勉強したい、とサンフランシスコに渡った森二三子さん(47)。その後現地で知り合ったアメリカ人と結婚、母トヨ子さんに「今は幸せだよ」と手紙で知らせてきていたが10年程前から連絡が取れなくなる。その後トヨ子さんには辛い病魔が襲い掛かる。体調に不安を抱えながらもどうしてももう一度娘に会いたいと老母が捜索の旅に出た。手がかりは当時働いていると書かれたお店の名前と手紙の住所。しかしすでに長い年月が経ちなかなか手がかりは得られない。娘の写真を胸に擁き安否を気遣う母。娘の消息は…?そして再会出来るのか!? |
日本とフィリピン。かつて戦争が原因で離れ離れとなったフィリピン残留日本人の赤塚さん兄妹。兄は日本人である父と強制送還で日本に、そして妹はフィリピン人の母とそのまま現地で暮らすことになったため長い間離れ離れとなってしまった。そして昨年ボランティア団体の協力でフィリピンから残留日本人2世として数名が来日。赤塚さん兄妹も何十年振りかのつかの間の再会を果たしたのだった。そして今度はフィリピンに行くことを約束した兄俊夫さん。その約束を果たすためフィリピンへ旅立つ。改めて訪れる自分の故郷。そしてかすかな記憶をたどりにかつての自宅跡に立つ俊夫さん。 せめて亡き母の 墓参りだけはしたいと 願う気持ちは強い。 |
今から4年前、突然ドイツで行方がわからなくなった山口雅巳さん(43)。大学を中退後調理師としてドイツに渡り日本料理店に就職。両親宛にこまめに手紙や電話をくれる優しい息子だったそう。そして2002年雅巳さんが友人と一緒にドイツで店を開くというので両親は不足分数百万を仕送りした。しかしその計画は挫折、さらに雅巳さんからの連絡すらふっつり途絶えてしまう。2年前ドイツにいる雅巳さんの友人を頼り両親は現地で捜索を試みたが警察の協力も無くほとんど手がかりは得られなかった。そこで今回地元の探偵2人の力を借り再び捜索に出かける事になった。そして探偵コンビの力でいくつかの新しい事実が判明。 あきらめかけていた 両親にまた希望が 湧き上る。 |