この日記は記憶のみに基づくため事実と異なるところがあるかもしれません。ただし、村上賢司(メイキング・ディレクター)や松江哲明(編集)のブログよりは正確であると自負しています(あっちの方が笑えますが)。また記憶が曖昧なところは、妄想で補ってあります。


【2006年3月24日】
16:40、番宣ワタナベから連絡あり。「17:00までにラテ欄を考えてください。ちなみに5文字・25文字・28文字・30文字の4パターンです。よろしくです」。
16:45、番宣ワタナベからまた連絡あり。
「あと15文字・18文字も。計6パターンよろしくお願いします」
って、15分しかないじゃん。
しかも、5文字ってなんだよ!タイトルだって入んねえ。
5文字は松江君のブログから拝借して、「ドキュ嘘!」にする。
30文字は、「タイトル」+「制作崩壊危機に森逃亡」とかなんとかにして、ばっとメールで送る。
送信したと思う間もなく、ワタナベからダメ出し。
結局30文字はワタナベの考えた『森達也の「ドキュメンタリーは嘘をつく」映像の真実って何?』に決定。
だったら、最初からそれにしときゃいいじゃん。
あ、彼女が森シンパだってこと忘れてた。ムカツく。

22:30、サイトを管理してくれているBBスズキ(テレビ東京ブロードバンド)にTEL。この男、少々めんどくさい要求をしても一瞬で仕上げる。
いつ電話しても必ず会社にいる。
僕の頭の中での彼のイメージは、ケーブルで大きなコンピュータとつながっている。でも、打合せに来るときは身体にケーブルが付いてない。きっと、外してから来るんだろう。
「番組からのメッセージ」の原稿をとりあえず作ったので、UPの相談。
「テキストだけなら一瞬です。放送直後にUPします」
「いや、内容がなぁ」
「でも、Kさんの文章はドライブ感ですから」
スポーツカーの疾走するイメージが脳裏をよぎり、一瞬、気を良くするが、すぐヤツの本心が分かって凹む。“でも”っていうのは内容がダメなことを肯定したうえでの接続詞だし、“ドライブ感”とは、やっつけ仕事の意味だ。
ダメでもなんでも、UPすると決める。
後から少しずつ直してきゃいいや。


【2006年3月23日】
とんでもない番組をつくってしまった。
森達也ファンからの抗議は必至だ。
放送当日は、視聴者の方からの電話をデスクで受けることにする。
本屋さんで平積みになっていた「編集長を出せ!『噂の真相』クレーム対応の舞台裏」を購入。泥縄だ。
ムラケンや松江君も一緒に対応してくれるという。
森さんは、「ごめん。26日は山形にいる」。
最後まで逃げた。
というか、勿怪の幸いだ。OAで初めて自分の見苦しい姿を確認し、その場で僕らに抗議されてもウザイだけだ。

松江君が自分のブログで、ムラケンの映像をファストフードに喩えている。爆笑。
ファストフードで思い出した。
スタッフ・出演者のギャラを時給に換算すると、ファストフードの女子高生アルバイトくらいだ。
すまん、みんな。直接言えないのでこの場で謝っておく。
日曜日は、僕のこと殴らないでね。


【2006年3月19日】
12:00、編集が終わった頃を見計らって、コールツプロに顔を出す。ムラケンが怨めしそうな顔で出迎える。松江君も向井君も来なかったらしい。
昼ごはんをご馳走してごまかす。他愛無くごまかされるムラケン。
昨日のことが蒸し返される。
「森さんは、一体、何しに来たんだ。結局、あの男は釜飯食いに来ただけじゃないですか!」
また、昨日は森さんとムラケンのカメラの扱いがあまりに杜撰だということが発覚したのだが(松江君のブログに詳しく載ってます)、ムラケンは「森さんと一緒にしないでくれ」と主張する。
「森さんのはズサンなだけだけど、オレのはわざとなんです。"味" なんですよ」
「演出のために荒っぽく扱うことはあるんです。オレ、ビルの屋上から8ミリカメラ投げたことありますもん」
背筋が寒くなる。
この男に高価な機材を託したことが、どれほど"命知らずの冒険野郎"的な行為だったかを思い知らされる。


【2006年3月18日】
 ドキュメント3.18
 〔95%の実に5%の虚を混ぜてみました〕

今日は、麻布プラザでMA(音編集)。森さん・ムラケン・松江君の3人と現地集合。麻布十番から編集スタジオに向かう途中で松江君とバッタリ。ムラケンは先に着いているが、顔色が悪い。昨日キムチを食いすぎて腹をこわしたとのこと。

10:00、森さんが来ない。

10:08、森さんから僕のケータイに連絡あり。今、溜池山王とのこと。森さんの遅刻には慣れた。ムラケンが勝手に整音(収録素材の音量や音質を調整する作業)を始める。が、腹をこわしているためこの日は30分ごとにトイレに駆け込む。

10:28、森さんから再びTELあり。「貰った地図どおり来たんだけど、MAスタジオがあるはずの場所にコンビニしかないんだよ」。
だーかーらー、その地図に「MAスタジオは1Fがコンビニのビルで、その6F」って、日本語で書いてあります。森さんの天然っぷりはスゴすぎてツッコミ疲れしてしまった。
6Fで迷子になる可能性すらあったのでエレベーター・ホールまで迎えに行く。「この編集所は何回か使ったことあるんだよね」。だったら、なぜ迷う。森さん、すいません。僕、もうお腹一杯です。
森さんは編集室に入ると、ムラケンが勝手に整音してるのを気にも留めずにノート・パソコンを開くが、いきなりフリーズ。立ち上げ直してメールを送信し始める。

10:50、なぜか編集室にバイク便到着。厚さ10センチもある原稿の束である。受け取った森さんはMAそっちのけで、原稿の校正作業を始める。というか没頭している。新刊の校正締め切りが今日らしい。

11:00、音楽のスキャット後藤さん登場。SEを10数パターンの中から2つ選ぶ。オリジナル音楽4曲。そのうちの1曲は以前作ったバージョンを手直ししたものだがさらによくなっている。完璧。さすが僕の"脳内グラミー賞CM部門"グランプリ受賞だけのことはある。森さんは相変わらず、原稿に集中。その集中力の100分の1でいいから、こっちに向けて欲しいものだ。

11:30、構成の向井君登場。NA(ナレーション)の最終チェック。森さんがようやく二言三言、発言する。

12:00、吉田登場。微妙な空気の中、記念撮影。吉田は今日の一人目のナレーター。相変わらずD卓を離れないムラケンと、気に留めない森さん。ムラケンは吉田がNAブースに入るやNA録りを始めてしまった。
吉田の声質はすばらしい。松江君の編集の力もあるが映像もすごくかわいい。番組だけ見ていたらきっと惚れたと思う。
最初はいい感じだったが、ムラケンのQ出しが遅れがちなのと吉田が空腹なのとが相俟ってNGが多くなった。とうとう、吉田がムラケンにダメ出しを始める。NAブースからD卓にダメ出しなんてありえない。前代未聞だ。

13:30、お昼ご飯。釜飯を出前しようとしたところでAD杉田がいないことに気付く。とうとう杉田が逃亡だ。仕方がないので僕が一人ひとりに食べたい釜飯の種類を聞いて注文の電話。この番組では、明らかにプロデューサーの仕事よりADの仕事の方が多い。というか、ADがプロデューサーを兼ねている状態だ。 松江君がケータイで記念写真を撮った(彼のブログに掲載されている)。吉田と後藤さんはここでお疲れさまでした。

14:30、今日、二人目のナレーション録り。さっき、吉田にダメ出しされたのがよほどショックだったのか、いよいよ下痢が止まらなくなったのかムラケンの姿が見当たらない。逃亡したか。 スタッフの逃亡にもだんだん慣れてきた。森さんは相変わらず原稿に没頭していてQ出しする気がない。しかも校正した原稿を松江君にさらに直されている。
「松江君、D卓に座ってQ出して」
「えー、オレっすか」
って、言いながら君、やる気満々じゃん。当然、オレがホントのディレクターという顔で向井君とNAをチェックしながらNA録りをやってしまった。

16:00、NA録りが済んだ後に済ました顔でムラケンが戻ってくる。悪びれた様子はまったくなく残りの整音作業。

19:00、作業完了。プレビュー。自分の校正作業に忙しい森さん以外、みんなで大笑いしながら見る。オペレーターさんまで肩を震わせている。だって森さんのダメなところだけつなげたんだもん。ムラケン・松江君・向井君の森さんに対する悪意が爆発している。
僕らはちゃんと森さんをMAに呼んだ。だから、森さんが激怒したら多少は直すことも覚悟していた。でも森さんは自分の原稿に夢中でほとんど作業を見ていない。これは森さんの責任だ。プレビューも終わりそうになった時、隣に座っていた松江君が急に押し黙ったのが気掛かりだが。まぁ、でもいい感じでプレビュー終了。森さんも自分の校正作業がちょうど終わったみたいでとても満足そうだ。
やったー、後は納品だ。と思ったら、森さんとムラケンが何やら揉めている。原因は今でも分からない。うわ、つかみ合い始めちゃったよ。松江君と向井君がそれぞれを後ろから羽交い絞めにしてなんとか殴り合いには至ってないようだ。思わず、デジカメで写真を撮ったがあまりに見苦しいので公開しない。つもりでいたが、あまりに面白いので公開することにした。いい大人が何してるんだ。森さんは、「もう、いいよね」と言って、ぷいと帰ってしまった。

20:00、森さんが居なくなるやいなや「オレがホントのディレクター4人組」(ムラケン・向井・松江・K)で密談。松江君の意見を聞いて、やっぱり、もう一度編集のやり直しをすることに。ムラケンからコールツのキクチさんに連絡を入れてもらう。数々の修羅場をくぐってきた人の勘はあなどれない。
っていうか、いつになったら番組は完成するんだ…。もうやだ。僕も逃げようかな。ムラケン編集やっといて。


【2006年3月17日】
 11:00、本編集は14日終わったはずだった。しかし、なぜかムラケンとコールツの編集室にいる…。何やってんだ僕ら。
コールツのキクチさんが顔を出す。今はエラクなっちゃったけど、製作技術では歴戦の勇士だ。無数の修羅場をくぐってきた。そういえば、20年数前、僕がAD時代に最初にキクチさんとした仕事も修羅場だった。
「日曜も一応、仮で編集室押さえてあるから」
顔を見合すムラケンと僕。
「MAの後で再編集はありえないと思いますけど…、明日、MAが終わったら連絡します」

17:30、予算会議。いかん、もうすでに使いすぎてる。誰だ、プロデューサーは。僕だ。僕の作った予算書の不備を編成管理部と契約統括部に指摘されるたびに、プロデューサー費が削られていく。明日のMA(音編集)の昼ごはん経費で落とせないかも。


【2006年3月14日】
 10:00、コールツプロで本編集。結局、仮編集に森さんは来なかった。今日の本編集も来ない。
  もう、いいや。ばんばんやっちゃう。ムラケンと松江君の悪意が全開です。今の状態で森さんが見たら、「人権を侵害された」としてBRCに申し立てるかもしれない。前代未聞だ。森さん、MAには来ないとホント大変なことになっちゃいますよ。
  しかも、本編集をやりながら、ムラケン追撮。ほ・ん・へ・ん・や・り・な・が・ら・つ・い・さ・つ…。この調子じゃ、あの男、放送が始まっても追撮してるに違いない。


【2006年3月12日】
 19:00、会社でムラケン、スキャット後藤さんと音楽打合せ。音楽打合せは順調。森さん居ないけど。吉田のシーンでムラケンと議論。
  この番組のスゴイ(あるいはとんでもない)ところは、ムラケン・向井君・松江君全員が内心「ホントのディレクターはオレだ」と思ってること。もちろん僕も自分がホントのディレクターだと思っている。


【2006年3月11日】

 15:30、森さんの名古屋での市民講座(テーマはメディア・リテラシー)最終回。いい講座でした。終了後、打ち上げ。帰りの新幹線で昨日の仮編バージョンのVHSを渡して打合せするつもりだったのに…。僕が特急券を買ってる間に、森さんはフラフラと到着した新幹線に乗ってしまい、置いてきぼりをくらってしまった。なんじゃそりゃー。

 「昨夜は置いてけぼりにしてしまい申し訳ないです。だいぶ酔ってました。」
  ←翌日、森さんから来たメール抜粋

  東京に戻り、コンビニから森さんの自宅にVHSを送りつける。


【2006年3月10日】
 22:00、松江君ちでムラケンと3人で議論しながら仮編集。昨日の打合せに沿ったバージョンがすでに出来上がっている。しかも、ラスト・シーンの後の松江君のアイデアがまた秀逸。ムラケンも驚いていた。さらに「エンディング曲はフェード・アウトじゃなくて完奏してくれ」と注文したら鼻歌を歌いながら3分で作りやがった。すげえ。
  終電を逃したムラケンはAD杉田君ちに転がり込むという。僕はなんとか渋谷まで出たけど、東横線の終電が出た後だったので、タクシーを拾う。


【2006年3月9日】
  14:00、ムラケンが、編集・松江(哲明)君の仕上げた45分バージョンを携えて来社。いやぁ、スゴイわ、これ。
 実は、3月初めから松江君がすでに仮編集を始めている。とんでもない量のテープがあるので(40時間以上)、地獄の編集作業があることは分かっていた。だから出来るところからどんどんやらざるを得ない。
 それにしても放送尺にするだけで困難を極めるのにこの面白さ。特に「容赦のなさ」「リズム感」がすばらしい。

 今、気付いたが40時間以上回してるのに、このうち森さんが撮ったのは1割くらいなんですけど。森さん撮らなさすぎ、ムラケン撮りすぎ。
 さらに言えば、森さんが撮った1割のうち、実際には半分以上AD杉田君が回してます。

 16:00、向井(康介)君のナレーションが送信されてきたので、ムラケンの読みで素材に当ててみながらチェック。吉田のシーンでムラケンと議論。森さんが不在でも、どんどん作業を進めないと放送に間に合わない。

 18:00、追撮…。この時期に至って、まだ撮ってます。
  誰か助けて…。


【2006年2月15日】
  ということで実際には、制作は順調に遅れてます…。

  森さん、お願いしますよ。ホントに。
  原一男監督との対談のときに遅刻なんてありえないです。正直、寿命が3年ほど縮まりました。

  こんな調子で、放送日に間に合うのか?

(追記)
この日のことは詳しく書くのを控えていたが、ムラケンが自分のブログに書いているし、まぁいいかなーという気もしてきたので、ちょっとだけご紹介。

10:02、森さんから、ケータイに留守電。「家を出るのが遅れちゃって、11:10くらいになると思います」。ひゃー。今日の対談相手は、原一男監督なのに。森さんだってビビるくせに。
しかも、遅れた理由が"家を出るのが遅れちゃって"…。いっそ清々しいと言えなくもないが、フツーの社会人なら、たとえそれが嘘でも"家を出るのが遅れちゃった理由"を言う(「子どもが熱を出した」「電車が止まった」「イノシシと格闘していた」「ガメラに家を壊された」等)。(*1)
11:00、原監督が定刻に登場。森さんが現れるまでの10分間は、生きた心地がしなかった。しかし、ホントに生きた心地がしなかったのはこの後だ。
なぜなら森さん、現れるやいなや原監督に謝罪かと思えば、向いの応接室に直行。別番組収録のために来社していたキュートな若手女優Iさんの控室だ。丁度、出てきたIさんに「あ、Iさん。久しぶりです。森達也です」って、原監督ほったらかしかよっ!!!!
ムラケンもAD杉田も吉田も茫然自失。僕だってその後の記憶がちょっと飛んでいる。
取材自体もトンでもないことになったし、原監督が怒って帰らなかったのは奇跡以外の何ものでもない。

14:30、森さん帰った後、ムラケンとの会話。
「今朝、オレ、キレちゃいましたよ」
なんだか、ブリブリ怒ってる。
「森さん、遅れたくせにIさんにデレデレしちゃって。何なんだ、あの男は!」
「僕らに、Iさんと知り合いってこと自慢したかったんじゃない?」
ちっちぇー男だ!
ぷぷっ。どうも森さんが原監督に失礼だったから怒っているのではなく、森さんとIさんが知り合いなのが単に悔しかったらしい。
「でも、ムラケン、羨ましかっただろ?」
「……」
図星だよ。
でもムラケン、安心していいよ。
Iさんが森さんを見る目は、不審人物に出会った時のそれだったから。だから「久しぶりです」のあとに「森達也です」って言い足したに違いない。
それに、Iさんが森さんのことを覚えていたとしても素敵な思い出だったとは考えられないしね(*2)

(*1)ムラケンの得意技は「痴漢と戦っていた」。日本映画学校での安岡卓治さんのインタビュー収録に遅刻した時の言い訳。

(*2)2005年の年末にラジオで、「Iさん、ナイス・バディですねぇ」って発言で顰蹙を買ったらしい。しかもラジオだから見えないと思って卑怯にも共演中の姜尚中さんの物まねで、あたかも姜さんが言ったかのように装って。

【2006年2月3日】
  これまでも、ちょこちょこテスト的に撮ってはいたが、この日が実質上のクランク・イン。TOKYO FM『森の朝ごはん』の収録を取材。吉田(リポーター)初ロケ。待ち時間、彼女と話している時に知ったのだけど、彼女、森さんの作品と知らないでお父さんから薦められた「悪役レスラーは笑う」を既に読んでいたとのこと。縁のようなものを感じる。

  腹に手をやっていたムラケン(村上賢司)と彼女との会話。
吉田「村上さん、何、掴んでるんですか」
村上「贅肉」
  身もふたもないツッコミと太り続けるムラカミ。

  森さんが収録の合間に廊下に出てきて灰皿を探している。
私「オーガニックの番組でタバコってのは、どうなんすかね」
森「2月になったら、タバコやめるから」
私「いや、もうすでに2月なんすけど」

  地下鉄で移動し、ポレポレ東中野へ。
  講談社「HUgE」の藤原ヒロシさんと森さんの対談を取材。待ち時間中、ムラケンが「HUgE」を見ながら納得のいかない様子。
「森さんが、こんないい紙質のオシャレな雑誌に載るなんてありえない!」 
  …たしかに。なにしろ森さんが唯一持っているスーツはお父さんのお下がりで、しかもズボンのボタンは4つのうち3つが取れているため屈むとパンツ丸見えらしいから。

















































































































































この地図を見て、どう迷えというのか…





仲のよいフリをした偽善者たち




Na録りを始める松江(左)と向井(右)
森(中央)は自分の原稿の校正に余念がない




























(……)



オレがホントのディレクター4人組 
ムラケンはコールツに再編集依頼のTEL