震災から11年...「風力」は日本の主力電源になりうるか:ガイアの夜明け
日本の造船を支えてきた広島・呉市。ここでは「清水建設」が中心になって、2年前から洋上風力の国産化に向けたプロジェクトを進めてきた。その計画とは、最新鋭の「セップ船」を所有し、運航すること。
セップ船は、洋上風車を海の上で組み立てるために欠かせない作業船。洋上で4本の脚を伸ばし、船体を持ち上げ、自立することができる特殊な船だ。造船中の船は世界最大級で、総工費は約500億円。クレーンで158メートルの高さまで荷揚げすることができる。
一方、福島・いわき市では、東日本大震災からの復興を目指す町工場がある。創業76年の「会川鉄工」。社長の会川文雄さんは40歳で父親から工場を譲り受け、得意な溶接技術を生かし、地道な経営を続けてきた。その主力製品は、放射線を遮る容器。仕事の8割が原発関連だった。
会川さんは「この浜通り地区はみんな潤った。原子力発電所が10基できたおかげでみんな食べていくことができた。我々も非常に期待した」と話す。
会川さんだけでなく、福島の人たちは、新しいエネルギー・原子力発電に未来を託した。
ところが、東日本大震災による津波で工場は壊滅的な被害に。社員みんなで瓦礫を片付けていた時、福島第一原発で思いもよらない爆発事故が起きた。
仕事を全て失い、社員は全員いわきから避難。会川さんは一人会社に残り、除染の仕事をして食いつないだという。
そんな中、2013年11月、福島第一原発の沖合で洋上風力発電の実証実験がスタートしたいわき市沖に洋上風車を100基以上設置する構想も浮上。
そこで会川さん、風車のある部分に着目し、海外に渡って独学で勉強を始めた。「社運をかけざるを得ない。原発の後はこれしかない」と意気込む会川さん。
ところが、復興のシンボルだった福島第一原発沖の洋上風力発電が予想外の事態に。いったい何が起きたのか。
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