【独自】価格高騰に苦しむ食卓と飢餓に瀕する人々を救う「奇跡の小麦」開発の舞台裏:ガイアの夜明け
5月9日(金)に放送した「ガイアの夜明け」(毎週金曜夜10時)のテーマは、「“奇跡の小麦”~世界を変えるニッポン人~」。
【動画】価格高騰に苦しむ食卓と飢餓に瀕する人々を救う「奇跡の小麦」開発の舞台裏
日本人の主食である米の消費量は年々減少し、増加を続ける小麦との差を縮めている。そして、その小麦は8割以上を輸入に頼っている状態だ。
小麦は世界の多くの国で主食として消費されるが、その流通は生産国や経済大国に左右され、貧しい国には小麦が行き渡らず、飢餓を招いているという現実がある。
そんな世界の食糧危機に、生涯をかけて挑み続けるのが、鳥取大学乾燥地研究センターの辻本 壽さん(66)だ。辻本さんはアフリカの飢餓を目の当たりにして、乾燥地帯でも育つ小麦の開発に取り組んできた。「1960年~70年代に穀物の大量生産を成し遂げた『緑の革命』をもう一度起こさなければ、多くの人の命を救うことはできない」。辻本さんが生み出そうとしている「奇跡の小麦」は、食の革命を起こすことができるのか。
「奇跡の小麦」を実らせろ!
去年の夏から始まった「令和のコメ騒動」。価格は1年で2倍近くにまで高騰したが、未だ先行きは、不透明な状況だ。
日本屈指のコメ卸業者「神明ホールディングス」藤尾益雄社長は農水省食糧部会のメンバーで、これまで日本の食の未来に警鐘を鳴らしてきた。
「このまま(世界の)人口が増え続けると、今の1.7倍の食料がいる。食料の奪い合いがすでに始まっている。(将来)日本に食料が本当に入ってくるのか」。
長年の減反政策により、衰退し続けた日本のコメ作り。農家の数は、この50年間で8割減少し、生産量も4割以上減っている。
そんな中、需要を賄うため、外国産米の輸入が急増。消費者の国産米離れが懸念されている。
日本のコメ政策は大きな曲がり角にきているのだ。
一方、世界に目を転じると、89の国と地域の人たちが主食にしているのは「小麦」(出典:CGIAR)。しかし、その価格は世界情勢や天候不順に左右され、大きく変動している。
アフリカの砂漠地帯に住む人たちも、多くが小麦を主食にしている。そして、その乾ききった大地を救うために乗り込んだのが、小麦の改良を専門にしている農学博士の辻本 壽さんだ。

国際機関の報告では、人口増加に歯止めが利かない。さらに近年の気候変動で作物が育たず、アフリカでは、5人に1人が命に関わる栄養状態だ(ユニセフ報告)。
そこで辻本さんは、生涯をかけて、過酷な暑さと乾燥に負けない小麦を生み出そうとしていた。

辻本さんがアフリカの地に持ち込んだのが、人類の「希望の種子(たね)」。日本人が乾いた大地を緑に染める…そんな奇跡を起こすという。

鳥取砂丘のはずれにある「鳥取大学 乾燥地研究センター」は世界でも珍しい乾燥地に特化した専門の研究所で、アジアやアフリカなどの7カ国から約30人が研究に来ている。
そして、そんな彼らを引き寄せているのが、小麦の改良で日本農学賞などを受賞している辻本さんだ。
去年4月下旬、辻本さんは1年で最も忙しい時を迎えていた。施設内の農場には、辻本さんが研究している乾燥に強い小麦が青々と育っている。夏になれば、砂丘の温度は60℃に。実験にはもってこいの場所だ。
この日、辻本さんは雄しべを全て抜き、違う品種のものを雌しべにつける交配作業を行った。チャンスは年に1回だけ。多い時は300以上交配させる。

辻本さんは、学生時代に農学を専攻。当時日本ではほとんど栽培されていなかったという理由で、小麦の研究を始めた。小麦一筋44年…何千何万と繰り返した交配の記録に、研究者の執念を感じる。

倉庫には、辻本さんが作り出したさまざまな特徴を持つ小麦の種が約1万保存されており、その中には、暑さと乾燥に強い性質の種も。1990年に中国・新疆ウイグル自治区の山の中で見つけた野生種を日本の品種とかけ合わせ、さらに交配を重ねて誕生させた種だ。
「世界の4割が乾燥地。小麦の値段がちょっとでも上がったら、日本人は『パンの値段が上がった』『菓子の量が少なくなった』と言うが、途上国の人は死に直結する」。
過酷な大地で生きる人たちへの思いが、辻本さんの原動力になっていた。

しかし小麦は1年に1度しか収穫できず、思うように品種改良が進まない。そこで辻本さんは、日照時間をコントロールすることで、年に4、5回収穫できるようにした。
「温暖化の上昇に対抗できるように、どんどんサイクルを回して早く品種を作りたい。(今のままだと)間に合わない。毎年温度が高くなって、もう育種ではとらえきれない」。
まさに温暖化との追いかけっこ。改良に改良を重ねても、近年の気候変動により厳しい闘いが続く…そんな中、辻本さんは、10年前からアフリカ・スーダンで実証実験を始めた。
すると、持ち込んだ1000種類のうち6つが、スーダンの環境に適応できることが分かってきたのだ。

スーダンプロジェクトの現地リーダー・イザットさんは、国の期待を背負い、辻本さんの下で研究を行っている。「スーダンでは小麦は30パーセントほどしか自給できていない。もし外国から輸入できなくなれば、食べるものはなくなってしまう」(イザットさん)。

ところが去年5月、信じがたい知らせが飛び込んできた。2023年にスーダンで再発した内戦が拡大、実験場も戦火に巻き込まれ、保存していた種がだめになってしまったのだ。
ゲリラ軍が研究所を襲い、冷蔵庫を持ち去ってしまったため、保存していた大事な種が暑さで使えなくなってしまったという。事実上、スーダンでの実験が絶たれた瞬間だった。
「この内戦には全く正義がない。戦争さえなければすごい成果だった。一つの国の食糧問題を解決できた。本当に何が起きるかわからない。つらい…」(辻本さん)。
これまでの努力が、水の泡となって消えてしまった。
内戦勃発で研究断念…バトンは受け継げるのか?
しかし、あきらめかけた辻本さんに新たなチャンスが舞い込む。この研究には世界が注目しており、今度はEU諸国の農産物の供給地にもなっているモロッコが興味を示し、「モハメド6世工科大学」が共同研究を持ちかけた。

去年8月、辻本さんはモロッコに乗り込んだが、待っていたのはスーダンより過酷な自然環境だった。予想以上に干ばつが進み、大きな河は干上がり、用水路にはここ何年も水が通った形跡がない。モロッコがある北アフリカでは、内陸の砂漠地帯のオアシスが次々と消え、都市を流れる川も干上がっており、人々の生活が危ぶまれていた。

また、モロッコの食卓にはパンが欠かせないが、小麦の市場価格は世界的気候変動と有数の小麦の産地・ウクライナの情勢が影響し、この数年で1.5倍以上に。値上げ分を政府が補填し、国民の暮らしはなんとか守られているが、小麦粉の値段は庶民が一番気になるところだ。

今回、辻本さんに共同研究を申し出たモハメド6世工科大学は、モロッコ中部のベンゲリルにある。まず案内されたのは、フェノーマと呼ばれる実験場で、乾燥に強い穀物を研究していた。
この過酷な場所で、人間が生きていくための食料を研究しているアムリ・モエズ教授が、辻本さんを頼った人物。辻本さんは事前に、スーダンで10年進めた研究成果をさらに改良した120種類の小麦の種を送っていた。降水量は年間たったの75ミリ…この環境下で育つものなら、すべて実験対象となる。

翌日、辻本さんは農地の現状を知るために、人口740人のアラド村に向かった。
この日の最高気温は47℃。100年以上の歴史を持つオリーブの大木は全て枯れ、用水路に水が来なくなって4年たつという。オリーブの木々に囲まれた小さな小麦畑があるが、収穫はここ数年芳しくない。

そこで辻本さんが、農家の人たちに種を見せながら「気候変動を考えて小麦と野生種をかけ合わせ、乾燥と高温に耐えられる小麦を作った。この小麦は水を30パーセント節約できる」と説明すると、「今すぐ欲しい」との答えが。農家の願いは切実だ。

大学に戻ると、栄養の分析など、種をまく前の検査が行われていた。
「普通の種のタンパク質は8パーセントほどだが、辻本さんの種は12パーセントもある。すばらしい」。
辻本さんは、バトンを渡すモロッコの研究者に自分が知っていることをすべて伝える。
国を越え、若い研究者に思いを託すのだ。
「私たちは穀物の研究者だが、種のままでは十分ではない。小麦粉を作り、パンを作り、そして食べる。最後は人々を幸せにすること。これは『未来の種』だ。それをまいていこう」。
こうして去年12月、辻本さんの種はまかれたが、アフリカの大地を緑で染めることはできるのか。
一方、日本でも、辻本さんの後継者たちによる新たな取り組みが始まっていた――。

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